蓮  光  寺

  ともに いのち かがやく 世界へ      浄 土 真 宗 本 願 寺 派    

     いのち見つめるお寺       見つめよういのち、見つめよう人生。教えに遇い、仏さまに遇い、自分に遇う。

法味随想   いのちのことば

除かるる身にしあれども み仏の救いたまへるめぐみ尊し      臼杵祖山

 臼杵祖山氏はこんな詩を詠んでいます。阿弥陀さまのお救いからは除かれる身であるけれども、そんな身を救って下さるみ仏のおめぐみは尊いことです、と詠まれています。除かれる身とは、ご本願の「唯除=唯だ除く」と除かれる五逆と謗法の者を指します。仏教では表に出た罪だけを問うのではありません。こころに思うことも、口で言うことも罪と問うていきます。
  阿弥陀さまはご本願に「十方衆生に念仏申させ浄土に生まれさせる」と誓われました。どんな人も救われるのです。しかし、最後に、「ただ、五逆の罪と正法を誹謗する者は除く」とあります。父を殺し、母を殺し、阿羅漢を殺し、仏身を傷つけ、和合の衆を破るものと、正しい仏法を謗る謗法の者は除かれるのです。
 親鸞聖人はこのご文を「唯除といふはただ除くといふことばなり、五逆のつみびとをきらひ、誹謗のおもきとがをしらせんとなり。このふたつの罪のおもきことをしめして、十方一切の衆生みなもれず往生すべしとしらせんとなり。」と示されました。
 五逆、謗法の者をそこ救わんとする如来大悲の表れであるとおっしゃられたのです。石見有福の妙好人善太郎は

 この善太郎は 父を殺し 母を殺し
 そのうえ盗人をいたし 人の肉をきり
 そのうえには ひとの家に火をさし
 そのうえには 親に不幸のしづめ
 人の女房をぬすみ この罪で
 どうでもこうでも このたびというこのたびは
 はりつけか 火あぶりか 打首か
 三つに一つは どうでもこうでものがれられぬ

と言う詩をよみました。70歳の時です。父母を殺し盗み放火をしたことは無い善太郎ですが、仏の光に照らされて見えてきたのは、心の中ではそんな重罪を重ねてきた身だったのです。ご本願からは除かれる身です。しかしそんな悪人をこそ救わずにはおかぬ阿弥陀さまです。その大悲を喜ばれたのです。

臨終の善悪をば申さず

昨年も今年も災害などで多くの方が亡くなられました。親鸞聖人の時代もそうでした。お手紙に「多くの人びとが亡くなられることは、まことにあわれ なことです。」と書かれました。そして、「わたくし親鷲は臨終の善し悪しは問わない、どのような死に方をしようと、かまいません。それは、仏さまのお救いを信ずるものは、必ずお浄土に生まれさせていただけるからです。しかし、世の中には死にざまや、死んだあとのことについて、いろいろと議論をする人がいます。そのような学問的な問答はとりやめ、仏さまの仰せを信じて、お浄土に生まれるようになさってください。」と親鸞聖人はお手紙にしるしておられます。   
 「信心の定まるとき往生また定まる」と、親鸞聖人は、信心をいただく今このとき、往生が定まるとお示しくださいました。お念仏申す人は、今の平生においてお浄土に生まれることが定まるのです。今ここで、すでにみ仏に抱きとられているのです。
 ですから臨終のあり方、死に様はどのようであっても往生は間違いないのです。私たちの死の縁はさまざまです。千人いれば千通りの死に様があるでしょう。親鸞聖人は死に様を問わない、いかなる死に様であっても、信心いただいたものは間違いなくお浄土に生まれられていると言われたのです。

至りてかたきは石なり、至りてやはらかなるは水なり、水よく石を穿つ。 

きわめて堅いものは石である。きわめてやわらかいものは水である。そのやわらかい水が堅い石に穴をあけるのである。これは蓮如上人の言葉です。私たち凡夫の心はまるで石のようにかたく、自己閉鎖的にこわばっています。凍り付いたようなこの煩悩の心も、阿弥陀さまの柔軟な光明と慈悲の雨水によってやがて溶けてゆくことを表したものです。かたくなな心は、かたくなな心ではほぐれません。凍り付いた心は温もりによってのみ溶かされるのです。そういう仏さまのお慈悲の心に気づかせていただくには教えを聞くこと、聴聞しかありません。信心を得ていないものであっても、真摯に教えを聴聞すれば、仏のお慈悲によって信心を得ることができる、仏法は聴聞にきわまると蓮如上人はお教えくださいました。
 親鸞聖人は高僧和讃に
  無碍光の利益より
  威徳広大の信をえて
  かならず煩悩のこおりとけ
  すなはち菩提のみづとなる
と記してくださいました。煩悩の氷は必ず溶かされ、さとりの水となります。教えを聞かせていただき、阿弥陀さまのお慈悲の温もりにであわせていただくところに凍り付いた煩悩が溶かされ、往生を縁として浄土に生まれさとりをえさせていただくことが出来るのです。

一子地(いっしじ)

  平等心をうるときを
  一子地となづけたり
  一子地は仏性なり
  安養にいたりてさとるべし
       「浄土和讃」註釈版五七三頁

 阿弥陀さまはあらゆる人を平等に見てゆかれます。まるでどの人も一人子のように慈しんでくださるから一子地といいます。
どの人も我が一人子として見てゆけるのが仏さまのお心なのです。私たちは安養の浄土に生まれてそのさとりを得るのです。
 阿弥陀さまの慈悲は、私たち一人ひとりをひとり子のように思い願って下さいます。私をかけがえのないいのちとして見て下さるのです。
 『五体不満足』のベストセラーで知られた乙武洋匡さんは生まれつき両腕と両脚がなくして生まれられました。この人が産声を上げたのは昭和五一年四月六日のこと。でもご本人は一ヶ月後が誕生日だとおっしゃいます。
 満開の桜にやわらかな日差し。やさしい一日だった。「オギャー、オギャー」火が付いたかのような鳴き声とともにひとりの赤ん坊が生まれた。元気な男の子だ。平凡な夫婦の、平凡な出産。ただひとつ、その男の子に手と足がないということ以外は。
 とにかくボクは超個性的な姿で誕生し、周囲を驚かせた。生まれてきただけでびっくりされるなんて、桃太郎とボクくらいのものだろう。
 本来ならば出産後に感動の「母子ご対面」となる。しかし出産直後の母親に知らせるのはショックが大きすぎるという配慮から「黄疸が激しい」という理由で母とボクは一ヶ月も会うことが許されなかった。
 対面の日が来た。病院に向かう途中、息子に会えなかったのは黄疸が理由ではないことが告げられた。やはり、母は動揺を隠せない。結局、手も足もないということまでは話すことができず、身体に少し異常があるということだけに留められた。あとは、実際に子どもに会って事態を把握してもらおうというわけだ。
 病院でもそれなりに準備がされていた。血の気が引いてその場で卒倒してしまうかもしれないと、空きベッドがひとつ用意されていた。父や病院、そして母の緊張は高まっていく。
 「その瞬間」は意外な形で迎えられた。「かわいい」母の口をついて出てきた言葉はそこに居合わせた人々の予期に反する者だった。
 母がボクに初めて抱いた感情は「驚き」「悲しみ」ではなく「喜び」だった。
 生後一ヶ月ようやくボクは「誕生」した。
   『五体不満足』前書きより抜粋。
乙武さんは、おかあさんが「かわいい」といってくれたその時が「ボクの誕生日」だといっています。自身の存在を認めてくれたときです。それがどんな身体の状態であっても我が子と認めてくれたときなのです。「障害は不便ですが不幸ではないと」いきてゆけるのもその時「かわいい」と認めてくれたそのこころがそういういきざまに育てていったのでしょう。
 私たちもそうなのでしょう。私を認めてくれる人がいてくれて初めて私たちは生きてゆけるのです。しかし私を認めてくれる人はやがていなくなる存在でもあります。
 たとえどんな状況の私でも、認めてくれるのが阿弥陀さまです。阿弥陀如さまは、私たち一人ひとりをひとり子のように思い願って下さいます。一人ひとりをかけがえのない子として見て下さるのです。これをしたから救わないとか、こんなことをするのは除くとはいわれません。縁によって五逆の罪を犯したものであっても、十悪をなした者であっても、老いの身であっても、ベッドから起き上がれなくなっても、どんなにひとりぼっちであっても必ず救うというのが阿弥陀さまです。無量のいのちを持ってどんな時もどこでも私をまるで一人子の我が子のように、苦悩をともにしてくださるのです。阿弥陀さまはどんなわたしも認めてくだり、南無阿弥陀仏とわたしにはたらいて、救おうとされているのです。

煩悩にまなこさえられて 摂取の光明みざれども                      大悲ものうきことなくて つねに我が身を照らすなり

 一日のうち、何時間ぐらい仏さまのことを考えておられますか?何時間もの間、仏さまのことを思っておられる方は少ないのではないでしょうか。私こそ、お寺に住まわせてもらっていながら、僧侶でありながら、仏さまのことを思うのはほんのわずかの時間です。お経を読みながらでも、他のことを考えてしまう自分がいます。私が仏さまのことを考えるのはほんの少しです。
 では反対に、仏さまが私を思ってくださる時間はどれくらいでしょう?そうです。ずっーとです。一日中、一年中、十劫の昔から常に照らしてくださっているのです。「常照我」常に我を照らしたまふとは、寝ている時も、仕事をしている時も、腹を立てている時も、泣いている時も愚痴をこぼしている時も、夜も昼も常に私を照らしてくださっているのです。
 「常」ここには仏さまの大慈悲心の変わることのない、絶え間のないお心が示されています。  
 親鸞聖人は「つねにといふは、ときをきらはず、日をへだてず、ところをわかず」(尊号真像銘文659)「常といふは、つねなること、ひまなかれといふこころなり。ときとしてたえず、ところとしてへだてずきらはぬを常といふなり。」(一念多念証文677)と示してくださいました。常とは単に時間的に絶え間なく、不断にというだけでなく、どんなところにもわけへだてなく、行きわたらないことがないという空間的なひろがりをもふくめて常と言われているのです。
「倦」という字はあまり見慣れないので、少し意味を考えてみましょう。
 「倦怠期」という言葉があります。倦には「うむ、あきる」という意味があります。「疲れていやになる。長く続いてうんざりする。いやになる。退屈する。くたびれる」ということです。また、「攻め倦む」という言葉があります。「倦」は「あぐむ、あぐねる」とも読みます。「同じ状態が長くつづいて物事を成しとげられなくて、いやになる。もてあます。」ということです。 「倦」は「ものうき」と読みます。「ものうき」とは「物憂い」にも通じます。「物憂い」とは「何となく心が晴れない、だるくておっくう、面倒、憂鬱で苦しい」という意味です。
 「無倦」は「ものうきことなく」と読みます。その意味は「あきうることなく、いやになりもてあますこともなく、おっくうになることもなく」ということです。
 煩悩具足のこの身は、縁に触れればいかなることもしてしまいます。怒りにうち震えることも、悲しみの涙を流すこともあります。他を傷つけることも、思い上がりの心に他を見下しているときもあります。そんな私のすべてをご存知で、その私をすべて受け入れて、あきらめることなく、嫌になることもなく心配くださっているのです。
 高僧和讃の左訓に「ものうきこと(なし)といふは怠り捨つるこころなしとなり」(高僧 P.595)と示してくださっています。
 阿弥陀さまは私の苦悩も悲しみも我がこととして悲しみ、私の愚かさ、罪深さに悲しみの涙を流しながら、私の苦悩を除こうとはたらいてくださっています。これが大慈悲心、大悲です。こんな罪悪重深のこの私を怠ることなく決して見捨てることもなく、お浄土に生まれるに身にさせんと照らしてくださるのです。煩悩に眼障えられてお救いの光は見えないけれども、お念仏申すとき、忘れがちな如来さまのはたらきに気づかせていただきます。 それがまた、ねてもさめても常に照らしてくださる如来さまへのご恩報謝になるのです。

仏身円満にして背相なし。          善導大師『般舟讃』 751-8

仏身は円満にして背相無し、十方より来る人皆対面す。

 阿弥陀さまはどこを向いておられるでしょうか。
「前を向いておられる」
「正面に決まっている」
こんな答えが聞かれます。
いいえ、「仏さまは、私の方を向いておられるのです。」
他のどこでもない、私の方を向いてくださっているのです。阿弥陀さまは常に私を照らし喚び続けてくださっています。私を心配してくださっているのです。

 仏像の切り絵を作っておられる方にこんなお話をうかがいました。ある仏さまの後ろ姿を切り絵作品に仕上げて展示したと ころ、とても注目が集まったそうです。なぜ人目を惹いたのでしょうか。普段はなかなか見ることのできない仏像の後ろ姿に興味を持たれたのもあるでしょう。また見えない部分まで手を抜くことなく見事な彫刻が施されていることに新たな発見をされたこともあるのでしょう。しかし、何よりご覧になった多くの方がその後ろ姿に仏さまのお心を感じとられたからではないかと思います。
 後ろ姿にはその人の人格が表れると言います。また「子は親の背を見て育つ」と言われます。背中、後ろ姿には生き様そのものがいつわりなく表れてくるのでしょう。 顔は「いい顔をする」という言葉があるように、時には本心を隠し、作り上げていることもあります。しかしやがていつかは化けの皮がはがれてしまいます。顔をはじめとする表の姿は、私たちはある程度作り上げていくことができるのです。しかし後ろ姿はそうはいきません。自分では直接一生涯見ることはできない後ろ姿は飾ることができません。そんな仏さまの後ろ姿に、苦悩の衆生を救い、さとりにいたらせたいとする仏さまのお心が感じられたの でしょう。
 背中や後ろ姿を見せるとは、言い換えればその人がどういう生き方をしているか、どこを向いているかを見られているということです。こんな話を聞きながら、私はどんな後ろ姿をしているのだろうか、どこを向いて人生を歩んでいるのだろうか問われているように思いました。
 私はどこを向いているのでしょう。私の人生はどこに向かおうとしているのでしょうか。あちらを向いたりこちらを向いたり、確かな方向が定まりません。迷っているのです。それどころか、怒りや腹立ちに向いていたり、争いや妬みに向くこともあります。お金や欲望、名誉に向くこともあります。口には出せない方向を向いているときもあります。それはそのまま、私の人生が餓鬼道や地獄に生まれる方向に向いているのではないでしょうか。
 では阿弥陀さまはどこを向いているのでしょう。善導大師の『般舟讃』には、「仏身は円満にして背相無し、十方より来る人皆対面す。」と述べられます。仏さまには背中の姿は無いと説かれています。あらゆる人にみな真正面に向いてくださるというのです。背中の相 が無いとは、どんな人にもどんな時も決して背を向けることがない、見捨てることがないというのです。どんな時も生きとし生ける 十方のすべてのいのちに向いてくださっています。仏さまは常に私の方を向いてくださっています。
 仏教は仏になる教えです。究極の目的はさとりを開き仏となることです。 仏とは「自覚覚他」つまり自ら真理を覚られた方であるとともに、他を覚らせんとはたらく存在です。阿弥陀さまの向きは覚他、利他の向きなのです。さとりに向かない私、どこを向いていいかわからない迷いの私、地獄に向いているこの私を浄土に生まれ、さとりにいたる向きにさせんとはたらいていてくださっているのです。
 切り絵作家の方は私たちには見ることのできない後ろ姿をあえて作品に仕上げられたのです。仏さまの後ろ姿は、さぞご苦労のお姿でしょう。仏さまに背を向けてばかりのこの私、お浄土へと向かないこの私にはたらきづめにはたらき、喚んでくだっているのですから。
 お念仏申すとは、阿弥陀さまの喚びかけに応えていくことです。 お名号がわたしにとどいてお念仏申させていただくところにそこに、お浄土へ向いた人生を歩ませていただきます。それはそのままおさとりの仏にさせていただく人生となるのです。お念仏するところに人生の方向と目的が定まるのです。お念仏申す人生、仏となる人生を歩ませていただきたいものです。 

いまに十劫をへたまへり              『浄土和讃』註釈版p557

 先日、あるご門徒宅で33回忌のご法事がありました。「今日は、母の33回忌です。ちょうど今、私は母が亡くなった時と同じ歳になりました。この歳になって今ようや く母の言っていたことがわかります。30年をすぎてようやく気付かせていただきました。」と。長い年を経て気付く親心があります。

 弥陀成仏のこのかたは
 いまに十劫をへたまへり
 法身の光輪きはもなく
 世の盲冥をてらすなり   『浄土和讃』註釈版p557

 『仏説無量寿経』に「成仏よりこのかた、凡そ十劫を歴たまへり(註釈版p28)」とあり、また『仏説阿弥陀経』に「成仏したまひてよりこのかた、今に十劫なり(註釈 版p124)」とあります。親鸞聖人はこれらのお経や曇鸞大師の著『讃阿弥陀仏偈』によってこの和讃をお作りになりました。
 阿弥陀さまが仏になられてから、今のこの時まですでに十劫という時が経っています。仏さまのご法身から放たれる光はきわまりなく、世の中の迷いの私たちを照らしてくださっています。
 十劫とはとてつもなく長い時間のことです。劫とは、一辺40里の極めて固い岩に、100年に一度(あるいは3年に一度)、天女が柔らかい衣で払っ て、その岩が磨滅してなくなる時間を一劫といいます。また他には、一辺40里の城壁で囲まれた中に芥子粒を満たし、 100年に一度(あるいは3年に一度) 一粒づつ取り出しそれがなくなる時間を一劫たとえられてます。 十劫とはその十倍です。
 盲冥とは、無明煩悩によって眼さえぎられ、真実を見ることが出来ない無明の闇にいる迷いの存在のことです。他の誰でもありません、私のことです。
 法蔵菩薩さまは迷いの凡夫を救わんと五劫の間思案を重ねられ、ご本願をお建てになり、私を救う手だてをお考えになりました。そして兆載永劫の修行をされてそれを完成され阿弥陀仏と成仏されたのです。その成仏以来、十劫の時が経ったというのです。今に至る十劫の間、名乗りの仏として、常に喚び続け、南無阿弥 陀仏とはたらいてくださっているのです。しかし私は、無明の闇、煩悩に眼障えられ、その喚びかけに気付かなかったのです。仏さまのお 救いに背を向け、逃げ続け、その喚びかけを聞こうともせず、その願いに背いてきたのです。 「今に十劫をへたまえり」この言葉は、私の迷いの深さを表しているものともいえるでしょう。
  
  弥陀成仏のこのかたは
  いまに十劫とときたれど
  塵点久遠劫よりも
  ひさしき仏とみえたまふ
    (『浄土和讃』註釈版p.566)
 阿弥陀さまは十劫成道ととかれるけれども、久遠の仏でもあるのです。無始よりこのかたはたらき続ける久遠の仏さまです。これは一如そのもの 色もなし形もなき真如法性の仏さまです。それでは衆生には領解できませんから、方便法身のすがたを示して法蔵菩薩と名乗り、われら凡愚を救わんと誓願を建て られ十劫の昔に成仏されたのです。  
 善導大師は「自身は現にこれ罪悪生死の凡夫、曠劫よりこのかたつねに没しつねに流転して、出離の縁あることなし」とおっしゃいました。十劫成道の弥陀大 悲の光明に照らされて気付かれた自身の姿は曠劫より流転しつづけてきた我が身の罪深さでした。十劫より遥か昔、曠劫より出離縁なき身でした。そんな私を仏 にさせたいと久遠の仏さまは法蔵菩薩となのられ、五劫の思惟と兆載永劫の修行をへて仏になられたのです。以来、十劫のあいだ南無阿弥陀仏のはたらいてくださっ ています。
 いまに十劫をへたまへり
 この言葉は、無始より流転し、十劫の昔から喚びづけられていた私が、阿弥陀さまのおはらたらきに気付くことができた喜びの言葉でもあるのです。今ようやく仏さまに出遇うことができた、教えを聞かせていただくことができる身となった喜びの言葉でもあるのです。

無量寿仏、空中に住立したまふ。            『観無量寿経』P.98

「ねえお父さん、どうして阿弥陀さまは立っておられるの?」と子どもが尋ねてきました。
「それはね、私のことが心配で心配で、仏さまの国お浄土を立ち上がられて、今、私のところまで来られたお姿を表しているんだよ。どこにいても来てくださる仏さま、はたらいてくださる仏さまだから立っておられるんだよ。」と答えました。すると
「ほんとにどこにいても来てくださるの?」
「そうだよ」
「でも、私が入院していたときには、病院には来てくれなかったよ」
「そうかな。声の仏さまにまでなって届いてくださるんだよ。“なんまんだぶつ”ってお口から出たら、仏さまがはたらいてくださって、届いてくださっていることなんだよ。目には見えないけれど、なんまんだぶつってお念仏するとき阿弥陀さまと一緒だよ。」と。

 コーサラ国の城都王舎城。出生の秘密を知らされた王子アジャセは、ダイバダッタにそそのかされて父ビンビサーラ王から王位を奪い、投獄、餓死させようとしました。母イダイケは餓死させまいと夜ごとに食べ物を運んでいました。しかしそのことがわかると、王子は母イダイケに剣を抜き殺そうとします。こればかりは大臣にいさめられ、母は幽閉されてしまいました。イダイケは釈尊に説法を請います。我が子が夫を殺そうとする、そんな苦しみ悩むイダイケに、釈尊はお浄土と阿弥陀さまのお救いを説かれます。お釈迦さまが「苦悩を除く法を説こう」とおっしゃったそのとき、阿弥陀仏が空中に住立されたのです。苦しみ悩むイダイケの前に阿弥陀仏がお立ちになったのです。お念仏の教えを説かれようとされたそのときですから、住立されたお姿は南無阿弥陀仏のお名号に他なりません。
 苦しみのまっただ中にあるイダイケの前に空中に住立された阿弥陀さま。それはそのまま私たちの苦悩を見通され、私の苦しみや悲しみにいたたまれなくなってお浄土から立ち上がられたお姿でもあります。

 もう三十年近く前になりますが、学生時代こんなことがありました。
 ちょっとした怪我をしました。友人の勧めもあって大事を取って病院へ行きました。「治りが早いように」ということで、3ハリほど縫う処置がされました。保険証が手元にありませんでしたので少々高いお金を払い、あとで精算ということになりました。ふるさとに電話しました。「ちょっと怪我をして病院に行ったから、保険証を送って、精算しないといけないから」と。母は心配して「病院にいくほどの怪我?大丈夫?どうなの?」と色々聞いてきます。「ちょっと縫ったけど、大事を取ってのことだから心配ないから、保険証送ってくれたらいいから」と返事をしました「じゃあ送るから」と電話を切りました。
 翌日、郵便をまっていたら、郵便ではなく、保険証をもった 母が来ました。ちょうど下宿に友人が遊びにきていたのもあって「来んでもいいのに、送ってくれたらよかったのに、新幹線代の方が高くつくのに」と母を帰らせてしまいました。今思うと、一人暮らしをはじめた息子を案じ、ケガの具合だけでなく、すべてが心配でたまらす、新幹線に乗ってきてくれた母でした。

 阿弥陀さまはお立ち姿です。立っておられるのは動いておられる、はたらいておられるお姿を表すものです。そのお姿はそのまま喚び声となってはたらいてくださる南無阿弥陀仏のお名号です。
 阿弥陀さまは、私が忘れている時も、背を向けている時も、立ち続けてくださっています。悲しみや苦しみに涙している時も心配し続けてくださっています。怒りや憎しみに震えている時も照らし続けてくださっています。人を傷つけ、悪を造っている時も喚び続けてくださっています。
 王舎城での出来事は、他人事ではありません。私の心のうちにも恐ろしい心をかかえているのです。ビンビサーラ王、イダイケ夫妻が我が子欲しさに恐ろしいことしてしまったように、またアジャセがダイバだったにそそのかされ親までも殺さんとしたように、縁次第で何をするか分からない危うい私です。親鸞聖人は王舎城のこの方々も私に本当のすがたを知らせてくださる権化の仁であると受け取ってゆかれました。つまり阿弥陀さまはそんな危ううい私、煩悩だらけで罪深いこの私、悲しみ苦しむ私をご覧になり、心配で心配でならずにお立ちくださり、喚び声となってはたらいてくださっています。そしてこの私をお浄土に生まれさせ、仏にさせんとはたらいてくださっているのです。

浄土にてかならずかならずまちまゐらせ候ふべし。

 年末年始、都会からふるさとへ多くの人が帰ります。また、帰ることのできない人もふるさとに思いを寄せます。
 あなたのふるさとはどこですか? どんなときにふるさとを思われますか?
 私たちは生まれ故郷がふるさとです。しかしふるさとが変わってしまった方、なくなってしまった方もあるかもしれません。新しいふるさとといえるところをお持ちの方もあるでしょう。待っていてくれる人があるところ、迎えてくれる人があるところもふるさとでしょう。
 私は山口県宇部がふるさとです。現在もここに住んでいます。ふるさとといえるところに住んでいるとなかなか普段ふるさとは意識しないものです。でも、もう三十年近く前になりますが、一人暮らしをした学生時代、ふるさとを思ったことがあります。。
 まずふるさとを思い、電話したのは、お金がなくなったときでした。あれこれと、ものいりで、懐具合が寂しくなったとき、電話しましたね。
 それから次にふるさとを思ったのは、人間関係のことで少し悩み、不安になった時でした。心にもやもやをかかえてふるさとに電話しました。電話して「何かあったの」と聞かれましたが、強がって「なんでもないよ」と返事をしました。 それだけのことでしたが、 母には全部お見通しでした。それでも、母や父の声を聞くだけで、また、電話口を通して聞こえてくるふるさとの風の音や虫の音を聞くだけで、少し元気になった思い出があります。「ちゃんと帰るところはあるんだ、もうちょっとがんばってみよう」ふるさとに思いを寄せ、その声を聞きくだけで元気をいただく、そんな位置にあるのがふるさとでしょう。
 お浄土も一面ではそんな位置にあるのではないでしょうか。

 親鸞聖人は晩年、お弟子のお一人に、「 この身は、いまは、としきはまりて候そうらへば、さだめでさきだちて往生し侯はんずれば、浄土にてかならずかならずまちまゐらせ候ふべし。 」とお手紙をしたためられました。 お浄土で必ず必ず、お待ちいたしております。いただいたお弟子はこの言葉にどんな支えられたことでしょう。
 この言葉の書かれたお手紙の前半はお弟子の疑問に答えてお念仏申して報土への往生をお勧めくださる内容です。ですからお弟子にとっては先の言葉の裏には「あなたが帰って来るのは、わたしが生まれているお浄土ですよ。お念仏申して、同じお浄土への歩みをしてください。」と受け取っていかれたことでしょう。親鸞さまが待っていてくださるお浄土がある。やがて親鸞さまと会える世界がある、同時にそれは今を支えてくださるお浄土があることに他なりません。
 そのお浄土には阿弥陀さまが「今現にましまして法を説きたまふ」と述べられています。今のこの私の苦悩をみかねて、今はたらいてくださる仏さまです。そこには、いつも照らしてくださる阿弥陀さまがおられる。まっていてくださる方がある。常に私にはたらいてくださるお浄土のはたらきを思います。私のやがて帰るふるさとのお浄土、懐かしき方の待っていてくださるお浄土から心配でならずに南無阿弥陀仏と今のこの私にはたらいてくださるのです。お浄土は今の私のよりどころとなってくださるのです。

つながりあっているいのち

ふと空を見上げて考えた

仏さまの目から見ると
今の世界は どのように映るのだろう

宇宙から見た地球には
きっと国境線なんて見えないはず
人間の作った隔たりもなく
それはまるで
大きなひとつの生きもののよう

私たちは
網の目のようにつながりあい
支えられながら生かされている
見えないものに支えられ
今このいのちを生きている

ありがとう おかげさま

過去から無数のいのちを受け継いで
百年後 五百年後へつながるいのち
すべての空間と すべての時間に
つながるいのち

私たちの行動が世界へつながり
私たちの行動が未来へつながる

だから
私たちには 大きな責任がある

いのちの根は つながりあっている

今現在説法

 お浄土には阿弥陀さまがおられ「今現にましまして法を説きたまふ」と述べられています。誰に何を説かれているのでしょう。
 『観無量寿経』には、苦しみ悩むイダイケの前に阿弥陀如来がお立ちになられたとあります。お浄土の阿弥陀さまがイダイケのところに眼前に来てくださったのです。私たちのお仏壇の阿弥陀さまはその姿をあらわすものです。
 今のこの私の苦悩をみかねて、はたらいてくださる仏さまです。具体的には南無阿弥陀仏の声の仏さまになって私に届いてくださる仏さまです。
 今とは、さびしい時の今です。嬉しいときの今です。苦しいときの今です。有頂天になっている時の今です。怒りに震えている時の今です。愚痴をこぼしている時の今です。絶望の縁に立っている時の今です。
 今とは、いつでもの永遠の今です。今現に、私のところに声の仏さまにまでなってはたらいてくださいます。今の私に説法してくださっています。

心を弘誓の仏地に樹て

 お彼岸が近くなると、彼岸花が咲きます。見る人を惹きつける美しい花ですが、花には毒もあります。真っ赤な花はまるで煩悩が燃えさかるさまを表すかのようです。こんな詩があります。
  
   彼岸花

  凛と立つ
  茎に支えられ
  紅の煩悩のまま
  曼珠沙華
  咲け
      (能芝 隆)


 彼岸花の別名は曼珠沙華。『法華経』にも述べられる天上界の花です。この花は見る人に悪業を離れさせると言います。しかし凛と立つ茎に支えられれば、煩悩をもったまま咲く姿でも、見る人に仏さま、彼岸を思わせると詠まれました。茎は、大地に立っています。大地にそして茎に支えられてこそ美しい花を咲かせ、見る人の心をも揺さぶります。               
           ☆
「慶ばしいかな、心を弘誓の仏地に樹て、念を難思の法海に流す。」
 このれは、聖人が法然聖人に出遇われ、み教えに出遇われ、如来大悲のご本願をわがよりどころとさせていただいた慶びのご文です。 
 このご文は私にとっては、今あなたはどこにたっていますかという問いかけのご文でもあります。
 今、私はどこに立っているか。根をしっかり張らない木は強風で倒れてしまいます。お金、名誉、知識、健康。これらはみなうつり変わり、失われていくものです。しっかりしたよりどころに立たなければ、様々な情報、流行、移り変わる世間の価値観に惑わされながら過ごすしかありません。それは現在地もわからず、目的も行き先もわからない、 まさに漂流のような人生を送るようなものです。そのことさえ気づかずに、迷いに迷いを重ねてしまっているのです。煩悩の林に、煩悩に惑わされながら人生をおくっているのでしょう。
 親鸞聖人は「弘誓の仏地」と、よりどころとしておられるご本願を大地にたとえておられます。大地とはどんなものでしょう。私は、日常生活をする中で、大地を意識することはほとんどありません。しかし、いつもどんなときも私の足下には、私を支える大地があります。 大地がなければ一瞬たりとも何をなすことも出来ないのです。 その大地は私の善し悪しを選ぶことなく支えてくれます。さらに大地はおおくのいのちを育み養います。どんなことがあっても支えてくれる大地がある。それは大きな安心です。 
 また、「たつ」という言葉に「樹」という字を用いておられます。「樹」には「手で木を植える」「植えたてる」という意味があります。また、樹立という言葉があるように、「うち立てる」という意味があります。しっかりと根を張ってたつということです。 また「養い育てる」という意味もあります。ですから「樹てる」とは、植えたて、養い育て、しっかりとうち立てるということです。
 煩悩の林に育ち、煩悩のまみれたこの心を、いかなる時も支えてくださる本願の仏地に植え、養い育てていただき、しっかりとうち立てられたと味わうことができるでしょう。
    ☆
 弘誓の仏地に、わが心を樹てるとはどういうことでしょうか。
 私たちはご本願のおいわれを聞かせていただく中で、我が身、わが心が悪いことに気づき、仏とはほど遠い我が身であることを知らされます。そしてそんな我が身が浄土に生まれる身にさせていただきながらも、煩悩に惑わされ続けている恥ずかしい身であると気づかされます。それは常にご本願によって我が身の本当の姿を知らされる人生です。
 さらに、如来よりめぐまれた信心をあらわす深信釈にはこう述べられます。
深信するもの、仰ぎ願はくば、一切の行者等、一心にただ仏語を信じて、身命を顧みず、決定して、行によりて、仏の捨てしめたまふをばすなはち捨て、仏の行ぜしめたまふをばすなはち行ず。仏の去らしめたまふをばすなわち去つ。これを仏教に随順し、仏意に随順すと名づく。これを仏願に随順すと名づく。これを真の仏弟子と名づく。(『親鸞聖人御消息』二一八頁)
 仏語を信じ、仏意に随順し、仏願に随順するようなあり方が信心の一面であるというのです。煩悩をもったままの人生でありながら、少しでも仏の願いに随順して生きようとする人生、如来の願いに応える人生とさせていただくことなのです。
 ご門主さまはこうおっしゃっています。
 み仏のおこころをいただくことを通して、私は、自分中心の人生ではなくて、み仏のおこころ、如来の真実のおこころにかなった人生を送らせていただこうという願いを、同時に持たせていただくことができると思うのであります。私は、そういう人生でありたいと願っているものであります。(『すくいとよろこび』一八頁)
 心を弘誓の仏地に樹てた人生は、 阿弥陀如来の願いの中に包まれて、そのおこころに応えて生きる人生です。 煩悩をもったままでありながら、阿弥陀さまの喚び声に支えられ、お浄土への人生、成仏への人生とさせていただきます。

諸天人民ケン飛蠕動の類、我が名字を聞きて慈心せざるはなけん

 息子が四歳の頃の話です。虫が大好きで夏になると裏山にカブトムシやクワガタムシを採りに行き、大事に、大事に飼っていました。玄関には、ところ狭しと飼育用の水槽や瓶が並びます。二、三十匹もいたでしょうか。毎日のぞき込んでは餌をやっています。でもお寺に住まわせてもらっている仕事柄、いのちを大切にということで、夏も盛りを過ぎた頃、「クワガタムシさんにも山にはお友達もいるだろうね。かわいそうだからね」と逃がしてやることにしています。息子は「遊んでくれてありがとう」と、涙を浮かべながら、クワガタムシを逃がしていました。その姿に、親も感心したものです。
 ところが、虫はクワガタムシだけではありません。わが家にはムカデがたくさん出てきます。何度刺されたことでしょう。寝ていて頭を這(は)っていったこともあります。あの姿を想像するだけで身の毛がよだつのは私だけでしょうか。
 妻の実家、そのお寺もまたムカデがたくさん出てきます。その夏もやはり出ました。トイレに行ってスリッパを履いたとき、下にムカデがいました。
「ムカデがおったぞ!」
私は大声で叫んで、そばにあったほうきで押さえつけました。逃がしてなるものか、もう半ばつぶれています。でもしぶといムカデです。家中の人が殺しの七つ道具を持ってきます。ひばさみ、ポットの熱湯、殺虫剤などなど。みな怒りの形相になっています。
 その声を聞きつけた息子は「ムカデがおったの」と満面の笑顔で走って来るではありませんか。息子はまだムカデのなんたるかを知りません。クワガタムシぐらいに思っています。私の姿を見て「おとうさんどうするの」と悲しい顔をしています。
「やめて、まだ何もしてないじゃない、逃がしたらいいわーね」
「でも、刺されたら痛いからね...」
とうとう熱湯をかけて殺してしまいました。
「お父さん、何でそんなことするん、かわいそうじゃーね。逃がしたら良かったのに」
息子は泣きながら、私の胸をつかんで、たたき続けます。それから三十分、「お父さんなんか嫌い」と私をたたき続け、泣き続けていました。つらかったです。今も息子の泣き叫ぶ声は耳から離れません。
 ご本願には「十方衆生」、つまり「すべてのいのち」を仏にさせたいとあります。また別の翻訳では「諸天・人民(にんみん)・■飛(けんぴ)・蠕動(ねんどう)の類」(註釈版聖典143頁)とされています。
「■飛」とはぶんぶん飛びまわる虫、「蠕動」とはくねくねと地を這いまわる虫です。阿弥陀さまが常に心配していらっしゃるのは、私たち人間のいのちだけではありません。ハチもセミも、ムカデもナメクジも必ず仏にさせると願っておられるのです。ご本願はすべてのいのちにかけられた願いです。
 クワガタムシなら「遊んでくれてありがとう」といのちを大切にし、ムカデなら「刺されたら大変、逃がしてなるものか」と殺して当たり前。自分の都合でいのちを見ていたのでした。それが私の生活でした。
 そういえば虫のいのちばかりではありません、食卓にならぶ魚や肉、大根、人参、お米もみな尊いいのちではありませんか。私は生まれてより、これまでに何匹の魚をいただいたことでしょう。
 人間として、仏教徒として、真宗門徒として、「いのちを大切に」せねばなりません。しかし、悲しいことに、我が身はいのちを奪ってしか成り立たないのです。阿弥陀さまが仏にさせたいと願ういのちを奪い、「しょうがない」と一言で済ませる私です。「いただきます」を言えば許されるぐらいにしか思っていない私でした。都合のいい時だけ、「いのちを大切に」と、子どもにも教えていた私です。
 子どもが泣き叫ぶだけではありません。阿弥陀さまこそ泣いておられるでしょう。大きな悲しみの心で私を心配してくださいます。そんな私をすでにご存じで、南無阿弥陀仏しかお前が救われる道はないぞとはたらいて下さっているのです。
 彼岸とはお浄土のことです。親鸞聖人は「無量光明土」と示して下さいました。さとりの世界であると同時に、すくいの光が今私にはたらいて下さる世界です。お浄土の光のはたらきの中に私たちは生かされていると言えます。そのはたらきに気付かされたとき、これまで当たり前と思っていたことが、当たり前では済まされなくなります。
「いのちを大切に」とは、私のいのちの根本に関わる問題です。「いのちを大切にしなければならない」のに、「いのちを奪ってしか生きることができない」という大きな矛盾を抱えています。この季節、お浄土を思い、そのはたらきに気付かせていただくなかで、この大事な問題を考えてみたいものです。

いのるによりてやまひもやみ、いのちものぶる事あらば、たれかは一人としてやみしぬる人あらん。 (法然上人)

いのるによりてやまひもやみ、いのちものぶる事あらば、
            たれかは一人としてやみしぬる人あらん。  (法然上人)

 祈って病が治り、寿命が延びるものならば、一人として病み死ぬ者はいないはずだ。

 仏教は祈りによって病を治すとは説かない。仏にそんなはたらきはない。真宗門徒は病気治癒や延命の為に祈ることはなく、医薬に重きを置いた。
 一昔前まで、北の地に雪が降る頃になると、大きな行李を抱えた富山の薬売りの方が来られていた。置き薬の販売だ。
 富山で薬が作られ、配置薬を売りに来られるようになったのは理由がある。一つは浄土真宗の教え、二つ目は雪深い冬である。
 真宗門徒は宗教による病気回復を祈らなかったから、早くから薬草や薬による治療が盛んだった。因果の道理をわきまえ、病気の原因を宗教的なところに求めなかったからだ。また江戸時代には、真宗門徒の多い地域はいのちを大事にすることから、間引きが極めて少なかった。そのため人口が過剰になり、内職や出稼ぎをしなければならなかった。
 雪の多い冬には農作業は困難だったからその間に伝統的な薬、新たな薬を作り、行商に出たのだ。
 「ご本山にはお参りになったかね?」薬の補充をしながら、西本願寺の報恩講のお話などもしてくださっていた。

青色青光 黄色黄光 赤色赤光 白色白光

 蓮華というと、インドでは主に睡蓮のことを指します。青蓮華はウパラ、黄蓮華はクムダ、赤蓮華はパドマ、白蓮華はプンダリーカと色の違いによってそれぞれに名が付けられています。特に白蓮華は仏や真実の教法のたとえとされ、また念仏者を讃える言葉ともされてきました。
 『阿弥陀経』には、お浄土の蓮の花は青、黄、赤、白のそれぞれが、それぞれの色を輝かせていると説かれます。『無量寿経』には、「その華の光明に無量種の色あり。青色に青光、白色に白光あり、玄・黄・朱・紫の光色もまたしかなり」と、青、白、黒、黄、赤、紫をはじめ様々な色の花がそれぞれの色を持ち、光り輝いていると記されます。闇の中では、どんな色を持っていても輝くことはできません。仏の光に照らされ、はじめてそれぞれの色で輝くことができるのです。

 一昨年の秋の出来事です。妻からの電話で息子がケガをしたことを知りました。「高いコンクリートの崖から落ちた。手を二カ所骨折して入院。手首と上腕部。今手術室に入った」とのことでした。大丈夫なんだろうか、右手か左手か、 他にケガはないのか、いのちに別状はないのか、なぜ落ちたのか。いろんな事が頭をめぐりました。
 現場に行きました。信じられないほどの高さです。五~六メートルはあります。
 病院に行き、病室に戻った息子に会いました。左手二ヶ所の骨折以外は大丈夫とのことでした。酸素マスクをかけ、痛みに耐えかねている息子を見ながらも、私自身、どうにかして心を落ち着けよう、安心しようと考えていました。利き手でなくてよかった。いのちに別状が無くてよかった。 
 翌日からケガのことを知ったいろんな人と会いました。「あれくらいですんでよかったですね」「うちの子ももっと大きな骨折を・・」 自分が心の中で考えていた同じようなことを、他の人から言われました。 皆、子どもを案じ、心配しての言葉です。でも息子はどう思うでしょう。
 おそらく息子は「よかったなんかじゃない、僕は今痛いんだよ!」こう叫ぶことでしょう。
 「よかった」・・・ それは、息子の今の状態を見つめるのではなく、 現状よりも、もっと悪い事態を想像し、比べて安心していることに他なりませんでした。周囲の人の言葉を通して、わたし自身が他と比べて安心しようとしていたということを知らされました。
 今までにも私は、縁ある方のお見舞いに何度か病院へ足を運んでいます。そこで口にしたり、耳に聞こえてくる言葉の中に「これぐらいでよかった」「大変な人もいるのに、軽くてすんでよかった」というものがあります。これらは、他と比較して安心している言葉です。特定の人ではないかもしれません。でも、比べるということは、比べられる人がいるということです。
 またこんな言葉を聞くこともあります。「まだ若いのに可哀想にね」「お気の毒ね」という言葉です。「可哀想と聞くだけで、人を見下した言葉のように聞こえてグサッとくる」と教えてくれた方がありました。「可哀想に、気の毒に」という思いの裏には、「私はそういう状況にはない、自分はこうならなくてよかった」という思いがあります。
 ご門主さまはこう言われています。「比較をしてよろこぶということは、逆に比べられる人にとってはたいへん辛く、悲しいことです。ですからこのようなよろこびは、まことのよろこびとはいえないと思います。」(大谷光真『すくいとよろこび』本願寺出版社) 
 
 お浄土の蓮は青は青、黄は黄、赤は赤、白は白にそれぞれが輝いています。他と比べて自分を保つ光ではありません。他の輝きを失わせる光ではありません。他と競う光でもありません。仏の光に照らされ、自らを輝かせ、輝きあっている、それが尊いのだと教えてくれます。花の光はそのまま美しいハーモニーのように調和しているのです。仏さまはどんないのちも、優劣の区別なく、それぞれがそれぞれに、どんなときも輝いてほしいと照らしてくださるのです。


大悲無倦常照我

 大悲ものうきことなくして常に我を照らしたまふ 

「お父さん!来て、来て」
保育園から帰ったばかりの娘(当時四歳)が私の手を引っ張って外に出ました。
「ほら、春が来ちょるよ!」
指差した先には、梅の花がたくさん咲いていました。見れば咲いてから幾日も経っているようです。私は毎日その梅の木のそばを通るのですが、娘が教えてくれるまで気づきませんでした。梅が咲き始めて何日もの間、私は仕事のことやお寺のこと、時には夫婦喧嘩や人の悪口まで考えながらその前を通り過ぎていたのです。
 私は気づかなくても春は来ていました。どんなことを考えていても春は花を咲かせてくれていました。春は眼には見えません。でも梅の花を咲かせ、娘のところに、そしてそのことばをとおして春のはたらきに気づかせていただきました。
 一日のうち、何時間ぐらい仏さまのことを考えておられますか?何時間もの間、仏さまのことを思っておられる方は少ないのではないでしょうか。私こそ、お寺に住まわせてもらっていながら、僧侶でありながら、仏さまのことを思うのはほんのわずかの時間です。お経を読みながらでも、他のことを考えてしまう自分がいます。私が仏さまのことを考えるのはほんの少しです。
 では反対に、仏さまが私を思ってくださる時間はどれくらいでしょう?そうです。ずっーとです。一日中、一年中、十劫の昔から常に照らしてくださっているのです。「常照我」常に我を照らしたまふとは、寝ている時も、仕事をしている時も、腹を立てている時も、泣いている時も愚痴をこぼしている時も、夜も昼も常に私を照らしてくださっているのです。
 「常」ここには仏さまの大慈悲心の変わることのない、絶え間のないお心が示されています。  
 親鸞聖人は「つねにといふは、ときをきらはず、日をへだてず、ところをわかず」(尊号真像銘文659)「常といふは、つねなること、ひまなかれといふこころなり。ときとしてたえず、ところとしてへだてずきらはぬを常といふなり。」(一念多念証文677)と示してくださいました。常とは単に時間的に絶え間なく、不断にというだけでなく、どんなところにもわけへだてなく、行きわたらないことがないという空間的なひろがりをもふくめて常と言われているのです。
「無倦」の「倦」という字はあまり見慣れないので、少し意味を考えてみましょう。
 「倦怠期」という言葉があります。倦には「うむ、あきる」という意味があります。「疲れていやになる。長く続いてうんざりする。いやになる。退屈する。くたびれる」ということです。
 また、「攻め倦む」という言葉があります。「倦」は「あぐむ、あぐねる」とも読みます。「同じ状態が長くつづいて物事を成しとげられなくて、いやになる。もてあます。」ということです。
 親鸞聖人は無倦を「ものうきことなく」、と読んでおられます。「ものうき」とは「物憂い」にも通じます。「物憂い」とは「何となく心が晴れない、だるくておっくう、面倒、憂鬱で苦しい」という意味です。
 煩悩具足のこの身は、縁に触れればいかなることもしてしまいます。怒りにうち震えることも、悲しみの涙を流すこともあります。他を傷つけることも、思い上がりの心に他を見下しているときもあります。そんな私のすべてをご存知で、その私をすべて受け入れて、あきらめることなく、嫌になることもなく心配くださっているのです。
 高僧和讃の左訓に「ものうきこと(なし)といふは怠り捨つるこころなしとなり」(高僧 P.595)と示してくださっています。
 阿弥陀さまは私の苦悩も悲しみも我がこととして悲しみ、私の愚かさ、罪深さに悲しみの涙を流しながら、私の苦悩を除こうとはたらいてくださっています。これが大慈悲心、大悲です。こんな罪悪重深のこの私を怠ることなく決して見捨てることもなく、お浄土に生まれるに身にさせんと照らしてくださるのです。煩悩に眼障えられてお救いの光は見えないけれども、お念仏申すとき、忘れがちな如来さまのはたらきに気づかせていただきます。 それがまた、ねてもさめても常に照らしてくださる如来さまへのご恩報謝になるのです。
  ねてもさめてもへだてなく 南無阿弥陀仏をとなうべし(609)

悲 引            

 本堂修復のおり、ご本尊さまを庫裏にお移しして、すぐそばでお礼をさせていただいた時のことです。子どもが「お父さん、阿弥陀さまってなんか怖いお顔されているんじゃない?」と聞いてきました。「うーん、怖いお顔かなあ?悲しいお顔をされているんじゃないかな。“にょーらーい、大悲の”って歌うでしょう、私がつらいとき、悲しいときに一緒に泣いてくださりる仏さま。悪いことをしたら、悲しんでおられる仏さまなんだよ」と答えました。
 『浄土文類聚鈔』に「群生を悲引す」、「正信偈」には「像末法滅同じく悲引す」とあります。引とは、ご和讃に「縦令一生造悪の衆生引接のためにとて」とあるように、引接ということです。救いとって浄土へ、そしてさとりへ導くことです。悪を作り続けるこの私を、阿弥陀さまは悲しみの心、慈悲の心で導いてくださるのです。
 自分とのつながりが近く強いほど、悲しみは深くなります。遠くの国で名も知らない、何のつながりもない人がいくら悲しんでいても、私は悲しくて泣くことはありません。自分とのこころの距離が近く、つながりが強ければ強いほど悲しみは深くなります。
 阿弥陀さまは私をご覧になって深い深い悲しみの心を起こされました。私のことをとてつもなく近く、「もろもろの衆生において視そなわすこと自己のごとし」と、自分のこととして慈悲の心を起こされたのです。
 慈悲の「慈」という言葉の語源はマイトリーです。友愛、最高の友情という意味合いです。ここには、「かわいそうだから」というような上から下へというこころはありません。同等、対等の立場から起こさずにはおれないおこころなのです。「悲」の語源はカルナーです。痛み、悲しむということで、もともとは「呻き声を上げる」という意味の言葉です。私の悲しみ苦しみに呻き声をあげて一緒に泣いてくださるのです。一人だけで悲しませ、苦しませることはしない、自分も一緒という同悲、同苦のお心です。阿弥陀さまは、私の悲しみ、つらさや苦しさをすべてご存知で、我がこととして呻き声をあげ、涙しておられるのです。
 阿弥陀さまが悲しんでおられるのは、私が悲しい、苦しい時ばかりではありません。思い上がっている時も、仏さまに背を向けている時も、煩悩のとりこになってる時も悲しんでおられるのです。
 父とケンカをしたことがありました。お盆の忙しい時であるにもかかわらず、三日間、口をききませんでした。お盆が終わって台所に来たとき、母が振り返って言いました「もう、いいんじゃないの。」声は震え、涙を流していました。私は父とケンカしているつもりでしたが、母をも苦しめ、悲しませていたのでした。母の悲しみの涙に、自分中心の正しさを押し通し、父ばかりでなく母も、また自分までをも傷つけていたのだと知らされました。
 自分の正しさを振りかざし自他ともに傷つけている私。善いことをしているつもりで人に涙させている私。自分の思いが通らなければ腹を立て、争っている私。悪を造り続けながらそれに気づかぬ私。縁に触れればどんなこともしてしまう私。そんな煩悩だらけで罪深いこの私が深く悲しまれているのです。
 梯實圓先生は
  悲心は悪人に焦点を結ぶ (『聖典セミナー歎異抄』本願寺)
と教えてくださいました。悲しみの心は私に向けられています。私こそが阿弥陀さまを深く悲しませていたと気づいたとき、本当の自分の姿を知らされます。そしてそのとき、私の心にも悲しみの心が生まれ、涙することとなります。
 親鸞聖人は、「煩悩具足の凡夫」「さるべき業縁のもよほさばいかなる振る舞いもすべし」「罪悪深重」などと述懐されます。これらはみな仏の悲心に触れて知らされた愚かな身を悲しむ言葉です。
 「悲引」、阿弥陀さまの悲しみの心に導かれて、我が身の本当の姿を知らされ、お浄土への歩みをさせていただくのです。

如是我聞  かくのごとく、われ聞きたてまつりき  (註釈版聖典 p121)

 ワールドカップサッカーの試合を見ました。南アフリカで行われる試合が生中継。テレビを通して歓声や監督のインタビューもリアルタイムでそのまま聞こえてきます。地球の裏側のことも瞬時に私たちの耳に届いてきます。
 「でも、あなたのそばにいる人の声は聞こえていますか?」
 そう聞かれたら、素直に頷けない私がいます。そばにいる人の気持ちはインターネットやテレビではわかりません。家族や身近かな人の声が本当に私に聞こえているかというと、こころもとないこともあります。
 大きな音や声は聞こえてきます。しかし近くであっても小さな声やうめき声はなかなか聞き取れません。声にならない願いはどれほど私に届いているでしょうか。 
 数年前、父がガンで入院した時のことです。手術を前に子どもたちと父を見舞いました。帰りの車で娘は「おじいちゃんは大丈夫だよ。先生もいるし、看護婦さんもきてくれるし、ご飯もちゃんとあるし。」「そうだね」「おばあちゃんはご飯あるの?」付き添いの母を心配しての言葉でした。「おばあちゃんはないよ」「どうしているの?」「お母さんが作って届けたり、売店で買ったりしているんだよ」「おばあちゃんが心配、倒れたら大変、おばあちゃんと今度一緒にご飯食べに行こうよ」と娘が言ってくれました。母と子どもたちと一緒に食事に出かけました。そのことを話すと、母は「わたしは、今、おじいちゃんのことで頭がいっぱい。病気のこと、手術のこと、これからのこと。そんなことで頭がいっぱいだったから、孫がそんなに私のことを心配してくれているなんて気づかなかった。でも、みんないろんな人の願いの中に生きているんだね。」と話してくれました。母の言葉に、私もいろんな人の願いの中にありながら、自分の願いばかりをいい、人の願いに気づかないわが身であったと知らされました。
 自分のことで頭がいっぱいの時は、周りの人の声や願いはなかなか聞こえません。自分の願いで頭がいっぱいの時は、仏さまの声、願いも聞こえてこないでしょう。
 「聞」とは聞こえてきたということです。心で聞く、心まで届いたということです。親鸞聖人は「信じてきく」と教えてくださいました。
 お経は「如是我聞」(『観無量寿経』、『阿弥陀経』)あるいは「我聞如是」(『無量寿経』)ということばで?はじまります。「お釈迦様のご説法をこのように私は聞かせていただきました。」という意味です。この言葉は多聞第一といわれた阿難尊者の言葉です。
 ある中国人留学生の方が、この「如是我聞」という言葉をこれは「わたしの心の中に新しい世界が生まれて来ました、という意味ですね」と言われたそうです。「なぜそういう訳になるのですか」と聞くと、「『聞』は心にきこえてきたことをあらわす字なので、聞いたことによって心が新しく新鮮に開かれてきたと訳すのです。」と教えてくださったそうです。お釈迦様の言葉をただ聞いたのではなく、そのご説法を聞かせていただき、その願いが心に届いて「私はこのように心が開かれてきた」というのがこの「如是我聞」のおこころでしょう。「聞」とはその言葉を通して、その言葉にこめられたその願いがこころに届くことです。
 「如是我聞」とお経を読ませていただく時、これは阿難尊者の私への問いでもあると受けとらせていただきます。私はこのように聞かせていただき、新しい世界が開かれましたが、あなたはどうですか?という問いです。
 私たちは「南無阿弥陀仏」という本願成就の名号を聞かせていただきます。名号を聞くとは、阿弥陀さまの願いが心に届くことです。そこに信心をめぐまれ、浄土に往生する身とさせていただきます。煩悩具足のこの身のままお浄土への歩みをする新たな世界が開かれるのです。私はこのように聞かせていただいています。
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