蓮  光  寺

  ともに いのち かがやく 世界へ      浄 土 真 宗 本 願 寺 派    

     いのち見つめるお寺       見つめよういのち、見つめよう人生。教えに遇い、仏さまに遇い、自分に遇う。

Junshinの部屋 2.0(2023.5.8~)

新着!!

2024.11.9
長崎紀行ー仏婦研修旅行の振り返り
2024.9.29
野球大会
2024.9.27
野村祐輔投手引退
2024.9.24
音楽サブスク、電子書籍、Sトレーゼのみたらし団子
2024.9.22
連研(宇部小野田組第8期)
2024.9.20
最近の「推し」
2024.7.30
アブラゼミとヒラタクワガタ
2024.7.24
カブトムシ
2024.7.17
同窓会
2024.7.12
EURO準決勝イングランドVSオランダ
2024.7.2
学位授与
2024.6.22
蓮光寺治水事業①
2024.6.18
研究発表
2024.5.23
応接室のプチ模様替え
2024.5.15
高座を取りに行く の巻
2024.5.12
蓮光寺に帰ってきて早1ヶ月半―お寺の中心は何?
2024.4.16
たけのこ出荷
2024.4.13
友人の結婚式&本願寺参拝
2024.3.26
一つの終わりと一つの始まり
2024.3.21
実家は暇? ―通過儀礼についての一考察
2024.2.10
さっぽろ雪まつり公式グッズ
2024.2.7
世界第三位・山口
2024.2.6
グラブ・ジャムン(?)
2024.1.12 
和田毅投手・FA人的補償の報道を受けて
2024.1.10
新年を迎えて
2023.12.31
千両を鳥から守る の巻
2023.12.30
「わたすげ」御正忌特集号
2023.12.18
餅まき
2023.12.9
憎しみと復讐  
2023.11.12
いよいよ日の目を見るとき
2023.11.11
低いところにきたアカゲラ
2023.10.27
ドラフトドラマチック2023 個人的ハイライト3選
2023.10.23
ドラフト候補厳選2023広島東洋
2023.9.28 
「サンフランシスコが陥った負の ”スパイラル” 」(NHK特集)
2023.9.24
赤ちゃんによじ登られる
2023.8.19
カープのグッズ
2023.8.18
祝・床田投手 初の二ケタ勝利@マツダスタジアム
2023.8.10
クルミッ子
2023.8.9
常任理事国のロシアが侵略戦争を続ける中、国連は機能しているのか?
2023.8.8
学階および勧学寮は機能しているのか ― 揺れるご法義
2023.7.23
仏教婦人会と旅行
2023.7.7
ジンパ
2023.7.3
北海道旅行を終えて
2023.6.21
「新しい領解文を考える会」オンライン連続講座
2023.6.19
セイコーマートの新商品「チーズクリームパン」
2023.6.13
第72回全日本大学選手権大会決勝
2023.6.10
いざエスコンフィールド!
2023.5.11
本願寺参拝
2023.5.8
「Junshinの部屋 2.0」始動

日々のつぶやき

2024.11.9 長崎紀行ー仏婦研修旅行の振り返り

〇長崎別院
 長崎別院は長崎市ではなく、交通の要衝である諫早市にあります。佐世保、大村、島原、そして長崎といった町の中心です。かつては長崎市にあったようですが、原爆の被害を受け、戦後諫早に建てられました。諫早にある別院も原爆と無縁ではなかったと知り、「長崎」の歴史に、自分の想像以上に大きく原爆が影を落としているのだと痛感させられました。
 別院のある諫早、そして島原といった地域は特にお念仏の教えが盛んだと聞いたことがあります。島原のお寺の方から聞いて驚いたのですが、その方のお寺ではご法座が年6~7回あり、そのほとんどで4日間行われるそうです。私も頑張らねばと大変刺激を受けました。そのようなお寺さんの拠点としての長崎別院ということで、有難くお参りさせていただきました。


〇平和公園
 昼過ぎに訪れ、1時間弱の時間をとり、公園内を歩きました。世界中からの「ナガサキ」への想いに、私も想いを馳せました。今年のノーベル平和賞には日本被団協が選ばれました。被爆された方が核兵器廃絶を訴え続けてきたことに対して授与されたわけです。中心的モニュメントの一つである「平和の泉」には、このような言葉が彫られています。「のどが乾いてたまりませんでした。水にはあぶらのようなものが一面に浮いていました。どうしても水が欲しくてとうとうあぶらの浮いたまま飲みました。」少女の日記の一節です。こうしたことが二度と起こってはならないと、改めて感じました。


〇浦上天主堂
 写真奥に見えるレンガ色の建物が浦上天主堂です。浦上地区のキリシタンの祈りの場として1879年に建立され、礼拝者が増えたことで1914年に改築し「東洋一の大聖堂」と呼ばれました。一変したのは原爆です。一瞬にして浦上天主堂は崩れました。近隣には当時12,000人のキリスト教徒がいましたが、そのうち8,500人が命を落としました。想像を絶する出来事です。しかし、生き残った3割の信徒の方が、自らの生活もままならないなか、「神のお住まいが第一だ」と、聖堂再建にお金を出され、率先して尽力されたそうです。それだけ大切にされていたということです。これを知ったとき、本当に頭が下がりました。


〇大浦天主堂
 幕末の開国ののち、カトリックは1865年に長崎に大浦天主堂を建立しました。これは1597年に豊臣秀吉がキリスト教徒26人を処刑した事件を受け、その殉教者を追悼して建てられました。ヨーロッパのカトリック教会は、キリスト教が完全追放された日本を忘れず、その地での受難の物語を語り継ぎ、再び宣教できる日が来ることを待ち続けていました。鎖国を経て、ようやく布教できることの喜びです。そして一か月後、驚くべきことが起こります。天主堂の神父に、隠れキリシタンであることを告白する信者が現れたのです。世界を驚かせた「長崎の信徒発見」です。250年もの間、教えが伝わることだけでも困難であるのに、ましてや禁止されていた教えが伝わっていました。「隠れキリシタン」という言葉は教科書で知ってはいましたが、ものすごいことだったのだなと改めて実感しました。


〇崇福寺
 江戸時代初期、長崎に住む福建省出身の唐人たちの希望で、唐僧の超然により1929年に創建されました。宗派は黄檗宗。第一峰門と大雄宝殿は国宝に指定され、その他にも国指定重要文化財、県指定有形文化財などがあります。第一峰門は中国の寧波で作られ、日本で組み上げられました。明朝の文化と日本の文化の融合した鮮やかな装飾建築です。印象に残ったのは「大釜」。飢饉の際、調理して3000人分の粥を振る舞ったと記してあり、非常時に人々の生活に寄り添った証として残してありました。


2024.9.29 野球大会

 お坊さんが教区ごとに野球チームを組み、優勝を目指して戦う大会があります。その名も寺族野球大会。私は4月に自坊に帰り、さっそく「山口教区伝道野球部」に入部させていただきました。
 この9月、1年で一番大きな大会がありました。それに向けてチームで練習もしました。やはり野球は面白いですね。改めて、運動強度の高い、高度なスポーツだと思いました。難しいです。実は私、来たる本番のために、ここ一ヶ月弱、西割の「バッティングセンター甲子園」に通っていました。必然的にフォームも見直したりします。こうした時間もまた、懐かしく、楽しいですね。
 野球大会の結果から言えば、山口教区は初戦で兵庫教区チームに10—6で勝利しましたが、二回戦で京都教区チームに3—5で敗けてしまいました…。やはり悔しさも残りますが、総じていえば楽しい時間を過ごすことができました。また参加したいと思います。

2024.9.27 野村祐輔投手引退

 ついにこの日が来てしまいました。野村祐輔投手の現役引退。広陵高校在学中から、優しい顔で、力感のない美しいフォームから丁寧に投げる姿。たとえ打たれても、怒るのではなくずっと優しい顔。(寺族野球大会で三振を奪ってガッツポーズをする一喜一憂の私とは真逆。)プロ野球選手の中で最も好きだった選手です。野球道具には特にこだわりのない私でしたが、グローブを新調する際に唯一、野村投手に憧れてブルーを希望しました。(しかし当時の店員さんに拒否されてしまい、革本来の色に近い色になりました。)大学のソフト部で背番号19を選んだのも、野村投手にあやかったからです。
 引退後もカープ観戦時には「NOMURA」のユニフォームを着ていきます。さて背番号19は誰が受け継ぐのでしょうか。今年は野手ドラフトになると信じていますので、来年のドラ1でしょうか。明治大の高須大雅投手、あるいは毛利大海投手が受け継げば大学の後輩という点でも盛り上がりますね。心静かに見守ることとします。

2024.9.24 音楽サブスク、電子書籍、Sトレーゼのみたらし団子

 「音楽サブスク」をご存じでしょうか。Apple Music、Spotify、Amazon Musicなどです。<月額〇〇円で聴き放題!>という謳い文句であり、仮に月額500円だとすると、CDアルバム1枚の値段(3000円)で6カ月聴き放題と考えると安いように思えます。
 しかし、10曲のCDアルバムを買うことと、サブスクでその10曲を聞くことは同じことなのでしょうか。これは全く違うことではないでしょうか。CDアルバムは手に取れるもので、手で開き、紙の歌詞カードがあり、CDプレイヤーに入れると順番に音楽が流れます。サブスクはインターネットに接続した状態でデバイスを操作すると音楽が流れます。このように体験は全く異なります。しかし、「最終的に耳に入ってくる音楽が同じ」であるために、私たちは両者を同じものであると錯覚してしまうのです。途中のプロセスを無視し、身体への刺激としては同じというだけです。もちろん、どちらが優れている、劣っているという話ではありません。違うものと認めた上で、状況に応じて使い分けられるとベストです。
 このように考えると、紙の本と電子書籍も別物であると言えます。両者は、身体への刺激(文字を介して得る情報)としては同じですが、体験は全く異なるものです。それを私たちは「同一である」と勘違いしがち、ということです。もちろん、優劣はありません。字が小さくて読めない場合や荷物を少なくしたい場合、電子書籍は有効です。
 さて、私たちはもう迷いません。一人ひとり人格を持ち、他者と関わり、老病死と喜怒哀楽の渦中にいるお坊の「読経」と、個体番号のみ与えられたぺッパー君の「読経」が違うものであることを。両者に共通するのは「音となった文字情報」だけです。もちろん、それを踏まえた上で、それでもペッパー君がいいと言われる場合もあるかもしれませんが(笑) しかし少なくとも、両者は別物と言えるでしょう。
 最後に食事についても考えてみましょう。結果的に同じものを食べたとしても、そのプロセス、もっと言えば丁寧さや感情、食中の会話などが違えばそれは違う食事です。ごはんにみそ汁をかけて食べることに開き直る子どもにも、このように教えさとすことができるでしょう。私の大好きな食べ物にみたらし団子があります。みたらし団子とは、団子にみたらしをからめ、団子として食べる甘味です。この観点からすると、縦長の容器に団子を入れ、上からみたらしらしきタレを落としてフタをしたデザートを「みたらし団子」と言い切れるのだろうか、というのが私の最近の大きな悩みです。

2024.9.22 連研(宇部小野田組第8期)

 来年3月より、宇部小野田組第8期連研が始まります。連研とは連続研修会の略で、お坊さんとご門徒さんがともに学びを深める研修会(全12回)のことです。私は無事「宇部小野田組連研委員」(計5名)に配属され、僧侶スタッフとして陰ながらこの度の連研を進めていくことになりました。
 今期の連研ではO委員長ならびにI顧問の意向で、「連研ノート」ではなくオリジナルな内容で進めていくことになりました。早速、連研のテキストを作ることとなり、私が裏で作成することとなりました。お盆から9月中旬にかけてチマチマと作っておりました。先日ようやく一応の叩き台として陽の目を見、私としては少し感慨にふけっていました。これをもとに委員で内容を検討し、完成版に近づけていきます。
 果たしてどのような連研になるのでしょうか。楽しみです。

2024.9.20 最近の「推し」

「推し」なのかは分かりませんが、最近面白いと思った人がいます。柳宗悦(やなぎむねよし・1889~1961)氏と蒲池勢至(がまいけせいし・1951~)氏です。
 親鸞聖人の教えを説いたものはいくつもありますが、「真宗寺院」や「真宗僧侶」、「真宗文化」について論じたものは数が少なくなります。真宗教団にとって最も大切なのは間違いなく教えそのもの(ソフト面)ですが、それを守り、伝え弘める側面(ハード面)も重要であるとふと思い、知りたくなりました。模索の末、両氏にたどり着き、学ばせてもらっています。以下に抜粋して紹介します。

 「活きた真宗は、それらの貴族的な人々の手に在るのではない。片田舎の名もない善男善女に、信仰の髄が握られているのである。平信徒のこれらの人々のうち、特に篤信な者は、「妙好人」の名で伝えられる。
 感謝すべきことには、彼らは今も、人知れずあちらこちらに見出されるのである。実にこれらの人々を生むことこそ真宗の絶大な功徳だといわねばならない。実に真宗の大きな存在理由の一つは民衆の中に「妙好人」を生むことである。学僧を持つことは他宗にも見出されよう。しかし「妙好人」は浄土系の仏教徒の中に特に多く見られるのである。しかも真宗においてそれが最も多い。この事こそ真宗の誇りであり強みである。彼らは何も学問の人ではなく従って教学を建てる人でもなく、また高い僧位を得る人でもない。だがゆるぎなき安心、濁りなき信心、いわば「白木の念仏」を称え得る人なのである。どんな教学も、この信心に比べては二次的である。こんな「妙好人」を他のどんな宗派が今も生み得るであろう。真宗の真宗たる所以は、かかる民衆に在家に宗教を建てている点にあろう。」(柳宗悦「真宗素描」)

 「今の真宗は、信者の真宗といってもよい。またここに真宗の面目があるともいえよう。坊さんに偉い人たちもいるであろうが、真宗を支えている力は、何といっても平信徒にある。実際坊さんに力のある場合はむしろ少く、また彼らがいつも篤信な人だとはいえまい。〔中略〕 だが有難いことに、在家の人々の中に極めて篤信な者が出るのである。その信心の純なるにおいて、遥かに坊さんを越える者がある。それらの人々の信仰こそは、法を守り寺を守り僧を守るのである。」(柳宗悦「真宗素描」)

 「真宗の葬送儀礼も禅宗の葬送儀礼も、ともに儀礼としては遺骸中心に行われるもので共通しているが、遺骸に対しての意味づけが異なり、それは教義の違いから出されてくるものである。禅宗では死者を成仏させる儀礼(成仏儀礼)、真宗では往生した儀礼(往生儀礼)である。」(蒲池勢至『真宗民俗史論』)

 「真宗門徒の死者や先祖観はどうなっているのか。門徒がまったく死者や先祖を祀らないということではない。仏壇に対する意識は強いものがあり、繰り出し位牌なども安置している。年忌法事なども五十回忌まで勤めることが習慣であった。禅宗や浄土宗などの盆における施餓鬼会はないが、代わって春秋の永代経という行事がある。これだけみると、真宗門徒も先祖を祀ってきたことに変わりない、といえるかもしれない。真宗門徒の先祖祭祀は、仏壇や年忌法事、永代経行事にみることができるが、報恩講の中に習合してしまった一面があるのではないか。報恩講はオトリコシ・ホンコサン・オブツジなどと呼ばれてムラの中の家単位、講単位で行われていた。ある門徒は「ホンコサンはヨトギのかわりだから、人の悪口をいってもよいから、長くホトケさんのところにいると、ホトケが喜ぶ」などといっていた。講の宿を引き受けたり、説教のオザ(御座)を引き受けることも「先祖のおかげ」ということからであった。「ホトケが喜ぶ」という表現は、死者や先祖の霊魂を鎮魂したり慰めることとは大きく意味が異なっている。このあたりが、民俗からみた真宗門徒の先祖観であろう。」
(蒲池勢至『真宗民俗史論』)

2024.7.30 アブラゼミとヒラタクワガタ

 蓮光寺のクヌギの木に珍しく来ていたヒラタクワガタ。かっこいいです。
 そしてお馴染みのアブラゼミ。羽化直後は透き通ったとてもきれいな色です。
 



2024.7.24 カブトムシ

 蓮光寺にはカブトムシが多く生息しています。父親がよく「はい。」と言って連れて帰ってきます。私が飼育係ということで、大きめの飼育ケースで飼っています。今日、4匹目が来たのですが、さすがに4匹が同じケース内というのは窮屈そうなので、1匹逃がしました。昆虫ゼリーをあげると、次の朝までによく食べてくれています。
 ちなみにカブトムシはコガネムシ科に属する昆虫で、クワガタムシはクワガタムシ科で別分類だそうです。それゆえ発達している特徴も「角(つの)」と「アゴ」と異なるそうです。
(虫が苦手な方もおられると思いますので、少し小さい写真にしております。)




2024.7.17 同窓会

 先日、大学・学部同期の同窓会に出席してきました。結論から言いますと、非常に非常に嬉しく、心地よい時間を過ごしてきました。自分でも驚くほど嬉しかったので、少し言語化してみたいと思います。
 学部卒業から7年が経ち、銘々、それぞれの人生を歩んでいました。懐かしい顔、懐かしい声、懐かしい笑顔、懐かしい笑い声が飛び交う空間でした。なんだかホッと、安心しました。目を合わせたとき、お互いの目に敵意がなく、キラキラしてます。無条件に、お互いの存在を承認・肯定し合えている場でした。このような場というのは有難く、稀有なものだなと思いました。
 よっしーは相変わらず面白いし、なかしょーは相変わらず自撮り上手いし、光一と慧は相変わらずイケメンだし、眞鍋は相変わらず札幌農学校が好きだし。「相変わらず」に、笑みがこぼれるほど安心します。不思議です。この本能的反射はもしかすると、諸行無常を受け入れられない私の執着の強力な反発なのかも、と思ったりもしました。
 一方で、会場での2時間は笑顔であっても、それぞれの日常はそうではないように感じました。実感をそのまま言えば、誰もが、大変な社会を、涙を流しながら、命がけで生きている、という、非常に重たいものと感じました。その姿を否定なんてできようがありません。言葉をかけることさえおこがましく思いました。ただできることは、その人のそばにいること、そして、少なくともこの当たり前に見える社会が、そのような人の悲しみ、怒り、悔しさ、祈りの上に成り立っていることを知り、その点への敬意を忘れないようにすること、ではないかと感じました。
 次回の同窓会は10年後に開催しようと固く誓い合い、無事に幕を閉じました。2034年、40歳になった私たちはどう過ごしているのでしょうか。札幌に新幹線は通っているのでしょうか。また笑顔で会えることを楽しみに、一日一日を一生懸命に暮らしていきたいと思います。

2024.7.12 EURO準決勝イングランドVSオランダ

 現在、ドイツで「EURO」(欧州サッカー選手権大会)が開催されています。これはサッカーのヨーロッパ王者を決める四年に一度の大会であり、世界王者を決めるワールドカップ(四年に一度)に次いで注目度の高い国際大会です。小さいころ偶然目にした、オレンジ色をまとって輝くM・オーフェルマルス選手に魅せられ、以後国際大会はオランダを応援している私でしたが、オランダはベスト4でイングランドに敗れてしまいました。
 その試合、注目すべきはやはり、決勝点を決めたワトキンス選手でしょう。今大会のイングランド代表が歴代でも屈指のタレントを誇るなか、決して強豪とは言えないチームに所属し、どちらかと言えば遅咲きの苦労人であったワトキンス選手。試合時間残り9分からの途中出場で、見事決勝ゴールを決め、試合のMVPに輝きました。試合後のインタビューには、敵ながら(?)感銘を受け(てしまい)ました。最後にその一部を抜粋して載せておきます。

 この瞬間が来ることを待っていた。とても嬉しい。〔…〕ゴール隅に入った時は今までで最高の気分だった。言葉にはできない。僕はできる限り記憶に留めたかったからピッチから離れたくはなかった。あれだけ完璧にボールを叩けたことはこれまでなかったよ。イングランド代表としてEURO大会でプレーできるなんて1度も考えたことはなかった。でもこの舞台に立つために本当にたくさんの努力をしてきたんだ。

2024.7.2 学位授与





 今年の3月に提出した博士論文が認められ、北海道大学より博士号(教育学)を授与していただきました。(博士学位授与は、学部のような一括授与ではなく、個人の進捗に合わせて審査が進み、授与される形です。年4回のタイミングのうち、私は6月末授与でした。)
 私にとって博士号取得は、大学院進学時からの夢であり目標でした。こうしてなんとか取得することができ、本当に嬉しく思っています。ご指導くださった先生方、先輩方、同期、後輩に感謝です。
 北大には、学部4年、修士2年、博士5年の計11年間在籍していました。当初、札幌生活は4年間と勝手に考えており、まさかそのまま博士課程まで進むとは思ってもおらず、今なおその縁に驚いています。と同時に、有難い時間だったなと感じています。
 もちろん、大切なのはこれから、ということで、今後もより一層精進していきたいと思います!

2024.6.22 蓮光寺治水事業①


 蓮光寺は本堂も庫裏も木々に囲まれています。木々の多くは落葉樹であり、落ち葉で樋(とい)が詰まります。また、木々の力強い生長は根にも見られるため、根はコンクリ、アスファルト、石を動かし、家の基礎や塀、水路を傾けてしまいます。当然、雨の量は、過去の比でないほど大量です。
 さて、蓮光寺にも治水が必要と判断しまして、まずは第一弾、ナフコで物資を調達してきました。車に入らなかったため、軽トラをお借りして運搬しました。さて上手くいくのでしょうか。安全第一で進めてまいります。

2024.6.18 研究発表

 先日、岐阜で開催されたシンポジウムに恐れ多くもお呼ばれしまして、研究発表をしてきました。まず山口県から岐阜の行き方を調べるところから始まりましたが、なんとか無事に終えることができました。
 普段は研究発表といえばレジュメを読み上げる形式が多く、この度のパワポ形式は不慣れであった点は否めませんが…、いずれにしても得難い経験をさせていただきました。
 また、研究会後には改めて先生方とお話をさせてもらい、こちらもまた貴重な時間となりました。自分も頑張らねばと気が奮い立つ、有難い機会をいただきました。


2024.5.23 応接室のプチ模様替え


 現在、蓮光寺・応接室の模様替えをしています。本棚を増設し、新たに「式章コーナー」と「お念珠コーナー」を設ける予定です。本棚には、私が研究で使っていた本を中心に入れています。意外と量があるので大変です。重たいので、ぎっくり腰にならないよう、慎重に進めています。どうぞお時間あるときにお手に取りください。

2024.5.15 高座を取りに行く の巻

 来たる5月21日、降誕会の節談説教(松浦成秀師)で使う「高座」を、宇部北組の正善寺さんにお借りしに行きました。マニュアルの蓮光寺軽トラ号にとって、片道30分弱の道のりは史上最長の外出です。途中国道2号線も通ります。お隣の明照寺さんと力を合わせ、計4人で運びました。無事に蓮光寺まで辿り着き、なんとか本堂まで運びましたが、さすがの貫禄です。どのような演出を醸し出してくださるのか、降誕会当日が楽しみです。

 
 


2024.5.12 蓮光寺に帰ってきて早1ヶ月半―お寺の中心は何?

 3月末に蓮光寺に帰ってきて1ヶ月半が経ちました。光陰矢の如し。札幌での退去予定日の一週間前に寝込み、天井だけを見る生活が4日が続き、退去が危ぶまれましたが、何とか管理会社に明け渡すことができました。とはいえ病み上がりで始まった新生活でした。
 ここまで過ごしてみて感じたことは、蓮光寺の中心にあるのは、ご法座と、ご門徒の方のお葬式、ということです。
 ご法座は、お勤め、ご法話(お聴聞)、お斎という三本柱から成ります。一堂に集まった人で一緒にお勤めをし、ご法話を聴きます。それをするために、本堂は広く設計されています。また、お斎も大切です。ご門徒の方がお供えくださったお米やお野菜などを使い、ご門徒の方にお手伝いいただきながらお食事にし、ご法座に集まったみなさんで一緒に味わいます。このようなご法座はまさに、お寺の醍醐味だなと感じます。
 お葬式は、私たちが「死」を受け止める大切な儀礼です。仏教はこれまで2500年間、人間の死と生を見つめ続け、今日もなお、全国各地のお寺としてそのお教えは守り伝えられています。「死」とは、いつの時代も受け止めることが困難な問題であり、その問題に対して仏教はしばしば仰がれてきたわけです。もちろん仏教の側も、死そのもの、あるいはご遺族の悲哀と向き合い、儀礼のあり方を模索し続け、現時点での最適と思われる形(臨終勤行→通夜→葬儀→還骨勤行→中陰勤行→四十九日法要)に結実している、そう思うと、今日の仏式の葬送儀礼は、2500年分の人間の経験と知恵の蓄積なのかもしれない、と考えました。
 ご法座とご葬儀、この二つが蓮光寺の最優先であり中心にあるものなのかなと、そのようなことに思いを馳せる今日この頃です。

2024.4.16 たけのこ出荷

 蓮光寺の筍は、周囲の需要をはるかに超えて生えてくるため、多くの方にお譲りしています。今日は私の大学時代の友人に配送しました。行き先は大阪、東京、山形、札幌、札幌、札幌。夕方掘り、19時の最終集荷に間に合わせ、関西圏には翌日、関東以北には翌々日に到着します。市場を経由しないため、新鮮なものをお届けできると自負しております。欲しい方いらっしゃいましたらどうぞお申しつけください。
 しかしながら、筍が届き、それを処理し、調理できるってすごいですよね… 普通できませんよね? いつも感心しながら伝票を書いています。


2024.4.10 友人の結婚式&本願寺参拝

 先日、京都で友人の結婚式がありました。予備校時代の友人ということで、共に過ごした時間は短いながらも呼んでもらい、大変うれしい結婚式となりました。抽選会で見事景品を当選させたこともあり、感動の式の一部始終をお伝えしたいのですが、個人情報保護に厳しい本コーナーということで、断腸の思いで控えさせていただきます。
 さて、式は夕方からでしたので、その前に西本願寺と東本願寺にお参りしてきました。まず西本願寺に行き、大学院卒業をご報告してきました。龍大でご法義を深めたことの報告とはならなかったことに若干の後ろめたさを感じつつも、私なりに頑張ってきたことの節目でもあり、すがすがしくありました。問われるのは今後、ということですね。お参りのあと、ご法義に揺れるご時世ということで、パトロールも兼ねてブックセンターに行きました。井上見淳和上の単著を初めて手に取りました。博論出版の厚み、重み、かっこいいです。もう一点感想を述べるならば、永田文昌堂から出ている先生方の箱入り著書を手に取った時、箱から出すのはいいのですが、しまう際に繊細なセロファン紙(?)に非常に悪戦苦闘しました。私が出版する際にはセロファン紙は使わない方向でいきたいと思います。
 折角の機会なので、お隣の東本願寺にも行きました。なんと翌日からご法座ということで、ちょうど幕が張られていました。迫力がありました。危険を伴う作業ながら、手際のよくスムーズに幕が張られていく様は「匠の技」でした。いいものを見ることができました。
 結局京都駅近辺しか行っておりませんが、旧友にも会え、とてもよい一泊二日となりました。最後に一点、宇部と京都の近さに驚きました。札幌に戻るくらいの意識で家を出ましたが、気づいたら新尾道駅を通過しており、京都までの心理的、時間的な近さに驚きました。航空移動が必須の札幌が遠すぎるのかもしれません。結婚式ということで浮足立っていた感は否めませんが、「京都は近い」という意識になれたことも、嬉しいことの一つでした。

西本願寺・ブックセンター
西本願寺・ブックセンター

東本願寺・阿弥陀堂
東本願寺・阿弥陀堂

2024.3.26 一つの終わりと一つの始まり

 2024年3月23日、札幌駅13時30分発の特別快速エアポート号に乗りこみ、思い入れ深い札幌という街に別れを告げました。19歳の北海道大学入学から、学部、修士、博士と、11年間育ててもらいました。とりわけ20代という、人生で最も溌溂した10年間を札幌という街で、主に研究に邁進して過ごせたことは格別でした。北海道大学の伝統(?)に、札幌を去る卒業生を札幌駅のホームで「都ぞ弥生」を歌いながら見送る、と聞いたことがありますが、まさに札幌駅のホームで友人に見送ってもらいました。なんと駅員さんも察知してか、スペースのあるホーム後方の車両最後尾付近に誘導してもらいました。こんな情緒と粋の世界があるでしょうか…! 
 札幌を去ることは心情的には惜しまれますが、一方で、このまま「札幌で研究を続ける」ことを、私はどうしても選べませんでした。このタイミングで戻らなければ自分はもう蓮光寺には戻らないかもしれない、という思いがありました。選ばなかった以上は、郷に入りては郷に従うべく、当面は自身が身を置く「郷」に慣れようかと思います。
 ちなみに私の研究については…少々お待ちください! 改めてご報告させていただきます!(寺報「わたすげ」も鋭意計画中です!) 進路としては蓮光寺に就職(?)という形となりますが、今後も研究は続けていくつもりです。というより、すでに札幌での研究発表等の予定がありますので、続きます。
 札幌を離れるというのは寂しい節目です。失敗も成功も、笑いも涙もあった札幌生活ですが、最後にこうして同期、先輩、後輩に見送っていただきまして、「終わり良ければすべて良し」と思えるほどに心に沁みるものとなりました。「何かが終わりまた何かが始まる」と学部時代にソフトボール部のブログに書いた記憶がありますが、当然、人生は続きますね。帰りの機内で外を眺めながら、今後の人生のわくわくすることを考えていました。(いつの日か、中外日報社・涙骨賞を取りたい…など) さて、次のチャプターのスタートです。



2024.3.21 実家は暇? ―通過儀礼についての一考察

 私たちにとって長期休暇といえば、お盆と年末年始です。お盆と年末年始に実家に帰省する光景をよく見ます。一方で、このような声も耳にします。「実家に帰ってもやることがない」。このことについて考えてみたいと思います。

 結論から言えば、私は、〈日本人は、通過儀礼から解放されることによって「実家の暇」を獲得してきた〉と考えています。長期休暇には親族一同が集まり、特に年末年始は大掃除や墓参りをし、門松やおせちを作るなど、非日常の文化がありました。それが実家(本家)での時間の過ごし方でした。このような場合、おそらく神経も使いますし、慌ただしくなります。「実家の暇」は、こうした通過儀礼から解放されたいという願望の末、時間をかけて獲得してきたと考えています。通過儀礼は私の都合ではなく暦の都合で訪れるため、そこに自分を合わせる必要があり、確かに大変です。
 さて、このような通過儀礼は「役に立たない」「意味がない」のでしょうか。個人的には、通過儀礼は人生に不可欠である、と考えています。その理由は、私たち人間はあまりにも貧弱すぎて、単調な日々を一人で過ごすことに耐えられないから、です。例えば1年間、あるいは100年間、ずっと同じ毎日が続くとしたら、それは非常に厳しい毎日と予想されます。渋谷のハロウィンの報道を見て思いました。せっかくお金をかけて上京し、自由と解放を勝ち取った若者が、わざわざ毎年同じ日、同じ場所に集まるのです。人間には、通過儀礼(的なもの)は必要だなと思いました。

 今は自由主義、個人主義全盛の時代です。自分で選び、勝ち取りなさいと言われる時代なので、自分で選ぶことの方が、周囲から強制されることよりモチベーションが上がります。通過儀礼も例外ではないのですが、そもそも通過儀礼は暦や人間の成長過程が中心となるため、本質的に自分中心ではありません。その絶妙な隙間に、「自分で選べるハレの日」として、渋谷のハロウィンが位置づいていると思っています。
 とはいえ、かく言う私も、自分都合でなく暦都合の状況が比較的多い環境で育ちまして、通過儀礼を憎んでいました。大学受験直前の年末年始など、これで落ちたら誰が責任を取るのか、どうせ自分自身で引き受けなきゃいけないのにと、憎み、敵視していました(当時の自分は大学受験が人生のすべてでした)。一方で大学院時代は比較的自身の研究中心で過ごさせてもらいました。そのような自由な(暇な)環境でなければ、少なくとも自分の力量では今の研究蓄積は無かったと確信しています。

 そこで通過儀礼との向き合い方ですが、難しいですね… 自分の都合と対立するものなので、折り合いのつけ方は難しいです。もちろん半分ずつというのも良いですが、現時点の私の見解は、〈両方の価値を認めた上で生涯付き合っていくと割り切り、長いスパンで濃淡をつける、その際どちらともをゼロにはしない〉、というものでしょうか。だいぶ欲張りな結論ですね(笑) 個人的には自我や意思もあっても良いと思ってますので、両方を兼ね備えられればいいなと思います。若いうちは志高くということで!

2024.2.10 さっぽろ雪まつり公式グッズ

 現在、札幌では雪まつりが開催されています。今年のマスコットキャラクターはシマエナガ。思わず買ってしまいました。



2024.2.7 世界第三位・山口

 先月、ニューヨークタイムズ紙が「2024年に行くべき場所52選」を発表しました。ランキング上位を見てみましょう。

 第1位:北米
 第2位:パリ(フランス)
 第3位:山口(日本)

 なんと...!我らが山口が第3位にランクインしているではありませんか!その味わい深い理由をお伝えしたいところですが、現在記事は無料公開ではないらしいので、本コーナーに書くことは遠慮しておきます。むしろ、こういった記事をきっかけに購読者が増えると、「山口の記事を書くと売り上げが上がる」とニューヨークの地で噂になり、今後山口関連の記事が増えるかもしれません!
 現在、山口の観光のエースともいえる瑠璃光寺五重塔が修復中で一切見えないのが残念ですが、それ以外にも興味深い場所はいろいろありますからね! 「灯台下暗し」、私としても再発見していきたいと思います!




2024.2.6 グラブ・ジャムン(?)


 父親が無事、インドから帰ってきました。お土産に買ってきてくれたのは、紅茶、チャイ用茶葉、お念珠、そして「グラブ・ジャムン(Gulab Jamun)」。カステラのシロップ漬けのようなお菓子です。
 インドのホテルのバイキングでおなじみという、とにかく甘い食べ物。一度に食べる適正な量が分かりません。私は1個が限界でした。みなさま、インドに行かれた際にはぜひ、おすすめです。

2024.1.12 和田毅投手・FA人的補償の報道を受けて

 和田毅投手と言えば、早稲田大学から2002年に鳴り物入りで当時のダイエーホークスに入団し、毎年のように好成績を残し、今なお一線で活躍する、生けるレジェンドです。ファンからも愛され、この年末には福岡のテレビ局で特集が組まれていたほどでした。昨シーズンはチーム2位の勝ち星を挙げた貴重な戦力でもあり、小久保新監督も絶大な信頼を置く、名実ともにチームの柱です。カープでいえば、前田智徳選手であり、黒田博樹投手に当たるでしょう。
 そのような和田投手が「補償選手」として球団を去る、そのような事態が起こ…り…かけました。深夜に速報が流れ、私のSNSは各方面で、朝から怒号の嵐でした。私も驚き、つい呟いてしまったほどで、知り合いも何人も嘆いていました。最大公約数的に言えば、和田投手をチームに必須と認めなかった球団フロントへの、「悲しみを通り越した怒り」でした。私が顔を知る人も、そうでない人も、です。
 さて、このように巻き起こった「現象」を受け、私が感じたことは大きく2点ありました。まず一点目は、和田投手を慕うホークスファンの「熱量」、「愛」です(私は好きです)。思い起こされるのは、日ハムの西川遥輝選手、中田翔選手の移籍。札幌ドームでの中田選手への声援は圧倒的で、試合のハイライトの一つですらありましたが、移籍決定の際には北海道の地ではこのようではなかったと記憶しています。もちろん、良し悪しは別として、球団によるその違いを感じました。同じリーグに所属しながらの多様性です。地域、歴史、文化など、様々な土壌の上にスポーツというものは成り立っており、そういったチームが一つのルールの下で戦うからこそスポーツは面白いのだなと改めて思いました。
 二点目は、人的補償という制度の「効果の大きさ」です。急転直下の選手の移籍は時に残酷で、当人と球団双方に負担が掛かります。そのため人的補償そのものを疑う声もあり、私としても若干心苦しくもあります。しかしプロ野球がエンターテイメントの側面を持つ以上、オフシーズンに提供する数少ない話題(ドラマ)として、発表前の予想、発表後の評価など、大きく話題を提供します。実際、この度、甲斐野投手に決着したことの経緯や真実について、多くの人が気になり、各種報道が飛び交っていますが、逆に言えばそれだけ注目を集めています。選択選手のみが公表されるという人的補償の制度設計の成せるわざだと感じました。

2024.1.10 新年を迎えて

 (遅ればせながら…)新年あけましておめでとうございます! 今年もよろしくお願いいたします。しかしながら新年早々、心が痛む出来事が立て続けに起こりました。能登半島での地震、そして羽田空港での飛行機事故です。立て続けに起こった衝撃的な出来事でした。被害に遭われた方が一刻も早く、心身ともに回復されることを願うばかりです。
 自然災害に関しては、地震もそうですが、宇部厚南地区はなにより水害が喫緊の課題です。地域のハザードマップからも目を背けたくなります。干拓の地区であり、厚東川の堤防決壊、氾濫など、甚大な被害を受けてきた歴史があります。ご門徒さんからよくお聞きするのは、厚南のほぼ全域が浸かった昭和17年の水害です。よく「100年に一度の災害」とは聞きますが、昭和17年から80年経つことを踏まえると、いつ起こってもおかしくありません。平穏な日々を願いつつも、万一の事態もあると心に留め、毎日を過ごしていきたいと思います。

2023.12.31 千両を鳥から守る の巻

 冬を代表するかわいらしい植物、センリョウ(千両)。仏花でもお馴染みの彩りです。ありがたいことに蓮光寺では毎年綺麗な実をつけてくれますが、いつも鳥に食べられてしまいます。私たちとて地団駄を踏んでばかりではいられません。鳥に見つからないように万全の対策をしています。さて今年はどうでしょうか。きっと守り通せると思います。



2023.12.30 「わたすげ」御正忌特集号

 この年末は、蓮光寺寺報「わたすげ」の御正忌特集号を作っておりました。13日から16日のご法座でお渡しするつもりです。例年は本願寺新報をお配りしているのですが、折角なら蓮光寺に即した特別版を作ろうと思い立ちました。
 御正忌にお参りの際は、ぜひお手にとっていただければと思います! お寺のこと、教えのことが少しでも伝われば幸いです!


2023.12.18 餅まき

 先日、ご近所の方にお呼ばれし、餅まきに行ってきました。ご存知の通り、山口県は全国でも餅まきの最激戦区であり、みなさま百戦錬磨です。札幌生活の長かった私はほぼ素人で、痛恨にも手ぶらで、つまり餅を入れる袋を忘れて行ってしまいました。
 中学、高校、大学での部活動のおかげで落下地点予測は得意でしたが、明らかに課題だったのは球際の強さ。そういえば先週ごろ、テレビでアナウンサーが餅まき選手権に挑む企画をやっていました。真面目に観ていればと後悔です。次こそは汚名挽回。


2023.12.9 憎しみと復讐 (12.20 一部改稿)

 誰もが知るように、人間には「怨み、憎しみ」という感情があります。生きる私たちの苦しみの一つでもあり、「復讐」として可視化される、時間を経てもなお消えない感情です。日本でも古くは童話「かちかち山」「さるかに合戦」などに見られ、「忠臣蔵」は最たるもので、最近では「鬼滅の刃」「推しの子」にも通底するテーマです。復讐を果たすことこそが唯一最大の目的となるほどに、憎しみとは相当に強い感情だと想像されます。
 憎しみと復讐、そのようなものは私たちの生きる世界にはない、と言いたいところですが、現状無くなってはいません。当然、憎しみと復讐は「平和」を妨げるものですが、それらを見て見ぬふりをしても「平和」は困難な気がします。私たちができるわずかなことは、まずその「憎しみ」を少しでも知ること。それは彼ら/彼女らの「歴史そのもの」を知ることでもあります。
 SNSで届くガザ地区からの悲惨な映像に胸が痛みます。一刻も早く停戦し、武器を捨てさせねば、と本心では思うものの、歴史を知ると、当事者でない私がそのように主張するもの適切でない気もします。以下に引用するのは、「憎しみと復讐」に焦点が置かれた、1956年のイスラエル軍・ダヤン参謀総長の追悼文(英語重訳、一部意訳)。パレスチナの武装集団に虐殺され、死後も酷い扱いを受けたロトベルグ中尉への追悼文です。ここにあるのは3000年近きにわたり敵対してきたユダヤ人とアラブ人の憎しみの歴史、そして今まさに敵方の土地を奪いながら生きていくしかないユダヤ人の悲壮な思いです。むろん、私はハマスの先制攻撃、またイスラエル軍・ハマス双方の戦時国際法違反には反対です。私が本コーナーを通してできる数少ないこととして、この度は歴史を伝えること、そこに限定しようかと思います。

 昨日、夜明けとともにロワ(呼称)は殺された。春の朝の静けさが彼を盲目にし、自分の命を狙う者が溝にいるのが見えなかったのだ。犯人たちに非難を浴びせてはならない。彼らが私たちを憎んでいることに、なぜ文句を言わなければならないのか。彼らは8年間、ガザの難民キャンプに腰を下ろし、彼らや彼らの先祖がかつて住んでいた土や村に、私たちが祖国を築いていく様子をその目で見てきているのだ。

 ガザのアラブ人にロワの血を求めるのではなく、私たち自身に求めるのだ。われわれの目は、運命の現実から目を背け、われわれの世代の運命の残酷さを見ようとしないものだ。ガザの重い門の向こうには何十万もの目と腕が身を寄せ合い、私たちを粉々に引き裂くために、私たちの弱さの始まりを祈っていることを忘れてはならない。希望を絶望にしないために、朝も夜も武装し、備えなければならない。
 
 鉄兜と大砲の口がなければ、木を植えることも、家を建てることもできない。鉄条網と機関銃がなければ、道を拓くことも、水を掘ることもできない。何百万人ものユダヤ人が、土地もなく全滅し、イスラエルの歴史の灰の中から私たちを見つめ、私たちの民族のために土地を開拓し、再建するよう命じている。しかし、国境を示す溝の向こうには、憎悪と復讐の波が押し寄せ、平穏が私たちの警戒心を鈍らせ、私たちに武器を捨てるよう呼びかける偽善の使者に耳を傾ける日を彼らは待ち望んでいる。

 
 ロワの血が、その引き裂かれた身体から私たちに呼びかけるのだ。われわれの血は二度と無駄に流されないと千の誓いを立ててきた。今日、自分自身と決着をつけなければならない。何十万人ものアラブ人が私たちの周りに住んでいる。彼らはその手がわれわれの血を求める瞬間を待っているが、その憎しみにたじろいではいけない。われわれは手を弱めてはいけない。目をそらしてはならない。それが私たちの世代の命令なのだ。それが私たちの人生の選択なのだ。意志を持ち、武装し、強く、不屈に、剣が私たちの手から打ち落とされ、私たちの命が絶たれることのないように。

2023.11.12 いよいよ日の目を見るとき


 長きにわたる懊悩苦悩の末、ようやく私の虎の子の博士論文が姿を現しました...! とはいえこれから4名の先生方による審査に入る段階で、まだ安堵はできません。
 本体5章+結論1章の6章構成です。本体を書き上げた時点で燃え尽き、息切れ気味でして、最後の結論が曹操にとっての赤壁のようにそびえたっていました。
 「結論」こそ白眉であり醍醐味であると頷きました。落ち着きのある、肝の座った結論... 自分の実力不足を痛感しましたが、書き終えてみて、去年の自分には書けなかったかなと、象の歩みのように静かでゆっくりな私の博士課程の歩みも、少しずつできることが増えているのかなと、少し嬉しく思ったのはここだけの話です。(審査の結果、結論が跡形もなく書き直させられる可能性あり)

2023.11.11 低いところにきたアカゲラ

 北大構内で暮らす動物たちのうち、またもやアカゲラをパシャリ。この一枚、自分が普段使っている2階の研究室から撮影しました。横にある木にはシジュウカラ、ゴジュウカラ、エゾリスなど、様々な動物が姿を現しますが、アカゲラは撮影できます。エゾリスは動きが早く、すぐいなくなるので難易度高めです。


2023.10.27 ドラフトドラマチック2023 個人的ハイライト3選

 感動と興奮冷めやらぬうちに幕を閉じたドラフト2023でしたが、早速振り返っていきたいと思います。カープの指名選手についてはまだ情報収集中のため、まずは当日のインパクトが強かった個人的ハイライトを三場面ほどピックアップ!

① 競合必死の常廣羽也斗投手(青山学院大)を早くも1位公言し、2球団競合に抑え、新井監督が当たりくじを引く。戦略を的中させ、最注目選手を獲得するという離れ業をやってのける。

② 黒松内町出身、寿都高校卒の滝田一希投手(星槎道都大学)がカープ3位で指名される。中央球界やエリート街道とは縁遠いと言える選手の一人。応援します。

③ 北大史上初!というプロ野球選手の誕生。宮澤太成投手(徳島インディゴソックス)が西武5位で指名される。なお現在も北大法学部在学中とのこと。応援します。




2023.10.23 ドラフト候補厳選2023広島東洋

プロ野球ドラフト会議を間近に控える今日この頃、筆者のイチオシ選手紹介コーナー。

《1位》 ―【公言済み】
〇常廣羽也斗(投 / 大分舞鶴高→青山学院大 / 右投右打 / 180㎝・73㎏)
 :ストレート、フォーク、チェンジアップ(スプリット)をこのまま磨けば十分通用。大学選手権の決勝、明治大の宗山塁選手、上田希由翔選手に全くバッティングをさせない、それができるのは今年だと好調時の細野晴希投手(東洋大)と常廣投手のみだろう。それでもまだまだ指にかかった球は少ないという末恐ろしさ。カーブを覚えれば鬼に金棒。千賀滉大投手2世にして森下暢仁投手2世。ローテの軸、将来のエース候補。

《2~3位》
〇武田陸玖(外 / 山形中央高 / 左投左打 / 174㎝・77㎏)  
 :コンタクト抜群の岡林2世。身体の操作性、運動神経の良さにおいて、大学生が下村海翔投手(青学大)なら高校生は武田選手が一番。宮城大弥投手(オリックス)を彷彿とさせる投手も捨てがたいが、飛びぬけた強肩巧打の外野手として。日本代表候補合宿で明徳義塾の馬淵史郎監督を唸らせた逸材。

〇横山聖哉(内 / 上田西高 / 右投左打 / 181㎝・82㎏)
 :世代No.1の身体能力に体の強さ。三振は少なくないが、火の吹くような打球。守備、肩はすでに高校レベルを越えており、順当にいけばプロの指標でプラスを出せる。名前の響きもカープにマッチ。背番号は1を見据えてまずは51を。小園海斗選手は4あるいは6に昇格。

〇広瀬隆太(内 / 慶応義塾高→慶応義塾大 / 右投右打 / 182㎝・91㎏)
 :逆方向にも打てる右の大砲。個人的には4年春秋リーグの三振数は気にする必要はなく、3年次のバランスの良いフォームこそ真髄で、十分打棒で勝負できる。六大学通算19本塁打は伊達じゃない。カープもそろそろアスリート型の選手のみならず大砲も選択肢に入れたい。

〇木村仁(投 / 北九州高→九州共立大 / 右投右打 / 181㎝・92㎏)
 :常廣投手と同様最速152㎞/hのストレートとフォークで勝負できる質。東京六大学や東都に注目が集まる大卒投手の豊富の年だが、地方リーグ所属ながらも指名したい投手。大学日本代表選考合宿の最大のサプライズ。リリーフとして即戦力の潜在能力。島内颯太郎投手2世。

《4位》
〇石原勇輝(投 / 広陵高→明治大 / 左投左打 / 80㎝・85㎏)
 :最速149km/hながら150越えも時間の問題のサウスポー。同期のWエース、村田賢一投手、蒔田稔投手より早い指名でも驚かない。理に適った投球フォームは更なる変化球の質・量の向上を予感させる。個人的には府中広島2000ヤング→広陵高→明治という経歴も図星。

〇相羽寛太(内 / 静岡高→ヤマハ / 右投右打 / 178㎝・76㎏)
 :俊足ではないが高い打撃技術と二遊間守備。下位打線を打つことを懸念する声もあるが、力強く、問題ないと見る。タイプが異なる矢野雅哉選手との棲み分けも可。高卒社会人という若さも魅力。菊池涼介選手の休養も見据え、スタメン張れる打撃を持つ二遊間として適。

《5位〜》
〇高野颯太(内 / 三刀屋高 / 右投右打 / 176㎝・90㎏)
 :中国山地に隠れる逸材。松江道を北上し、宍道湖の手前が三刀屋。圧倒的スイングスピード。理論家の側面も○。浅野翔吾選手(巨人)になれるか。高野脩汰投手(出雲商→関西大→日本通運→ロッテ)の遠縁という説も、伊東家としては応援したいポイント。

〇宮澤太成(投 / 長野高→北海道大(在学中)→徳島IS / 右投右打 / 183㎝・91㎏)  
 :最速155㎞/hの速球とフォークが武器。ハイレベルな四国ILで19イニング21奪三振。中央球界やエリート街道とは遠い場所で研鑽を積んだ、伸びしろの塊。北大の先輩、いや、もはや後輩だが、入団となればユニフォームを買って応援すること間違いなしの素材。

2023.9.28 「サンフランシスコが陥った負の ”スパイラル” 」(NHK特集)


 現在博士論文の結論を執筆中なのですが、不甲斐なくも理想とは全く程遠い状況です。長い文章をコントロールし、揚々とした結論を書きたいのですが、目下悶絶中です。
 さて、本コーナーでも昨年10月に取り上げたサンフランシスコについて、NHKが大きく特集していたので紹介します。私たちが生活を営むなかで 「進歩」とどう向き合うか、非常に難しい問題です。

2023.9.24 赤ちゃんによじ登られる

 お彼岸のための帰省の折、非常に感慨深いことがありましたので、ここに綴っておきたいと思います。
 9月某日、新千歳空港発羽田空港行の便に、いつものように最後に搭乗し、座席に向かっていったところ、指定した3人掛け座席にはすでに赤ちゃんとそのお母さんが座っていました。左からお母さん、7か月の赤ちゃん、僕、という順番です。
 その赤ちゃん、初めて見た僕と目が合ったのち、興味を示したようで、近づいてきます。そして一生懸命手を伸ばし、僕によじ登ってきました。お母さんは微笑ましく、その様子を見守っています。2023年というこの時代に、なんという光景なのでしょう!
 私だけかもしれませんが、ちょうど百年前の1923年9月の状況がそこに重なりました。大杉栄、伊藤野枝の「相互扶助」の志が、100年の時を経て、ここに実現したかに思われました。大変感慨深いものがありました。
 私も、ぜひとも骨太の「人間への信頼」を獲得し、実践できればと、思いを新たにしました。

2023.8.19 カープのグッズ

 昨日の観戦の際に、スタジアムでグッズを2点購入しました。かわいいです。
 今日、最も革新的な球団といえば日本ハムも挙げられますが、10年前は間違いなくカープがその最先端でした。オシャレなユニフォーム、魅力あるスタジアム、選手個人へのフォーカス、そして多種多彩なグッズです。
 2009年のマツダスタジアム開設以降、カープのグッズの魅力は飛躍的に上昇しました。特筆すべきは、2014年のカープグッズ商品開発部門による、カンボジア研修旅行。本気さが伝わってきます。以下のリンクをぜひご覧ください。


2023.8.18 祝・床田投手 初の二ケタ勝利@マツダスタジアム



 お盆明けの8月17日、カープを応援するべく、マツダスタジアムに行ってきました。座席はパフォーマンスシートB! 念願のホームパフォーマンスシートです。屋外球場の解放感はなんとも心地良かったです。しかし、天気は雨。途中34分間の中断がありました。二枚目の写真は、みなさん避難されている様子です。試合は6-0、床田投手の完封勝利。初の雨天中断にやや疲労が溜まった気もしましたが、勝利で吹き飛びました。素晴らしい試合でした!

2023.8.10 クルミッ子


 先日、某SNSでクルミッ子を紹介したところ、大学時代の同級生から多くの反響があり、あまりの反響の大きさに実は裏で同窓会が開かれクルミッ子を食べていたのではと疑うレベルでした。恐れ入りました。
 2020年下半期のTBSドラマ「おカネの切れ目が恋のはじまり」で有名になったお菓子です(このドラマ、主題歌がいいですね!)。箱には可愛らしいリスのイラスト。リスのブーム、はじまる予感です。

2023.8.9 常任理事国のロシアが侵略戦争を続ける中、国連は機能しているのか?

 「機能しているか否か」に関して、領解文問題以外にもふと聞かれたことがありましたので、この機に書いておきたいと思います。(そのような需要があるか否かについての判断は保留とさせていただきます、何卒…) その題、国連は機能しているか否かについて。
 国際連合の目的は「国際の平和及び安全を維持すること」(国連憲章第一条)です。ロシアは拒否権を有する安保理常任理事国のため、例えば2022年3月24日の〈ウクライナからの即時完全無条件撤退を求める決議〉など、いくつもの決議案を拒否し、否決してきました。果たして国連は機能しているのでしょうか。

 結論から言えば、私の理解は、「十分とは言えないまでも国際連合は機能している」というものです。「人類は戦争をしていないときには、次の戦争の準備をしていた」と内藤昭文先生に教えていただきましたが、つまり国連が掲げる理念は人類にとって不可能に近い究極のものです。第二次世界大戦の反省を踏まえて設立された国連にとって、最悪の事態は強国同士の世界戦争、具体的には核戦争です。
 戦前の国際連盟は、アメリカの未加盟、日独伊の相次ぐ脱退により機能不全となり大戦争となったため、国際連合は強国の脱退だけは避けたいとするコンセプトを持っています。どのような戦争当事国をも対話の場に居続けされることが大きな目的です。この点、一部の国による軍事同盟(例えばNATO)とは異なります。もし仮にロシアに拒否権がなく、侵攻を続けるロシアに対して米英仏などが国連軍の派遣を決定した場合(中国の反対は十分あり得そうですが)、それはほとんどNATOと同義となり、この場合プーチン氏が核使用を踏み切る可能性は現時点より格段に高まります。少なくとも、大国間戦争、核戦争を国連は押し留めている、と言えると考えています。

 私たちは「法の支配による国際秩序」を尊重していますが、世界には未だに「力による実効支配」を行う指導者も存在します。そうした世界を一つの枠組みに入れる唯一と言っていい組織が国際連合です。以上の点から私は、ロシアによる侵略戦争の只中の今日であっても、国連が機能しているか否かの点に関して、十分とは言えないまでも機能していると理解しています。
 もちろん、侵略戦争は非難されるべきであり、法の支配、民主主義、基本的人権こそ尊重されるべきであり、ロシアの力によって民間人含め多くの命が死傷している現状が到底許されないことは言うまでもありません。 私があえて国際連合を取り上げたのは、もはやロシアと対話しうるわずかに残っている選択肢が国際連合であると考えているからです。「戦争を始めるのは簡単だが終わらせるのは非常に難しい」――。一刻も早く、ロシアがウクライナの(全土あるいは一部の)傀儡化を諦め、同国から撤退することを願っています。

2023.8.8 学階および勧学寮は機能しているのか ― 揺れるご法義

・学階:僧侶の学識を示す位階のこと。現在の本願寺派の学階は勧学、司教、輔教、助教、得業となっている。

・勧学寮:勧学の中から勧学寮を組織する勧学寮員が任じられ、宗意安心に関する門主の諮問に答え、教義に関する重要事項を審議する。
            (以上、「浄土真宗辞典」より)


 浄土真宗本願寺派には、勧学寮および学階という制度が存在しています。周知のように「新しい領解文」について、学階を有する先生方が「勧学・司教有志の会」を組織し、疑義、困惑、憤怒、憂慮、悲愴をこらえ、あくまで冷静を保ち、五度にわたって声明を発表されています。客観的には、教団内の教えをめぐる内部騒動と映るでしょう。この事態は、宗教教団の根幹である「教義」をつかさどる学階および勧学寮の機能不全と映るかもしれません。

 結論から言えば、私の考えでは、「学階」は非常に機能していると考えます。むしろ、ここに即座に万全に存在意義を証明した、と思っています。その理由は、新たに発布された公式文書(「新しい領解文」)に対して、その教義に疑念があった際、躊躇することなく「有志の会」が組織され、憂慮の声が挙げられた、からです。
 逆に勧学寮こそが、役割を果たせなかったと言わざるを得ません。勧学寮の唯一最大の目的は、公式文書の教義をチェックすること。その機能不全の様子が、時を経て、次第に明らかになっています。本日発表の中外日報の記事はその象徴です(以下リンク)。事態全貌の解明が望まれます。

2023.8.5 新しい領解文を考える勉強会@蓮光寺

 来たる9月6日、井上見淳先生をお招きし、新しい領解文を考える勉強会が開催されます。
このように宇部小野田組が主体となり、喫緊の問題について学びの場が開かれることについて、宇部小野田組に所属する私としては非常に誇らしく嬉しく思っています。
 どうぞ、どなたもぜひお越しください。

2023.7.23 仏教婦人会と旅行

 編集中

2023.7.7 ジンパ

 ジンギスカンパーティー、通称ジンパを、同じ研究室の仲間で開催しました。北大構内では、大学関係者のみジンパを行えます。コロナ禍中は不可でしたので、2019年以来4年ぶりの開催です。
 僕も博士課程5年目を迎え、もはや大御所になりつつありますが、こうした伝統文化の継承だけは大学院を去る前に果たさねばなりません。同じ部屋のメンバーとも話す機会にもなり、充実した時間となりました。



2023.7.3 北海道旅行を終えて

いざ北海道へ!
いざ北海道へ!

早朝の北海道大学散策(希望者)
早朝の北海道大学散策(希望者)

 いや~~嬉しかったですね~! と同時に、無事に終わり、ホッとしました。蓮光寺のご門徒さんと行く、北海道の旅。自分としても初の団体旅行の試み。飛行機、バス、レストラン、ホテルと、予約確定書はあるものの実感がなく、取れていなかったらどうしよう、飛行機が欠航になったらどうしようと、勝手に考えては不安になっていました(笑)

 蓮光寺仏婦主催の旅行自体は、コロナ前は毎年のようにバス旅行などを行っていました。それが復活という今年、だいぶ背伸びしたことを提案してしまいました(笑)もちろん、バス旅行も今後どんどんやっていきたいと思いますので、住職と仏婦の会長さんにご提案します!
 僕にとって、蓮光寺のご門徒さん方と北海道旅行をすることは念願でした。2泊3日の旅行中は天候にも恵まれ、食事もおいしく、体調を崩される方もおらず、その点は本当に良かったです。(振り返ると反省点は、多々、多々、ありますが…) 札幌中心に生活している僕が、実家に本格的に戻ってからではなく、今年旅行を決めた理由は「あせり」があったからです。

 具体的には、ここだけの話、蓮光寺の総代をしていただいた、第一原のNさん。僕が厚南小学校時代、ちょうどその校長先生をしておられました。僕は何も気にせず過ごすなか、いつもN先生は気にかけてくださっていたそうです。それと並行して、ずっと蓮光寺を支えてくださいました。一方の私は、厚南小学校ののち、中学、、大学、大学院と、今でも「学校」にお世話になっています。僕の勉強のスタート地点でお世話になったN先生に、「博士号を取ることができました」と報告することを意気込んでいました。昨年9月にお彼岸のお参りに伺ったときも、厚南小学校時代の裏話や大変だったことを話してくださいました。しかし、年末年始の急な知らせを受け、僕の意気込みは叶わぬものとなりました。そのことが、ずっと心に重く、引っ掛かっています。

 「今しかない」というあせりです。1年遅くなると状況が変わるかもしれないというあせりです。コロナもあり、社会レベルで、個人レベルで、行ける状況は当たり前ではないと思いました。そのようなわけで、来年、再来年ではなく、今年行くことにしたということです。また、このような機会があったらいいなと考えています。少し休んで、次なるものを練ってみようと思います。

1泊目朝食バイキング☺
1泊目朝食バイキング☺

2泊目朝食バイキング☺
2泊目朝食バイキング☺

メロン☺
メロン☺

2023.6.21 「新しい領解文を考える会」オンライン連続講座

 
 


 現在、全国各地で新しい領解文に関する勉強会が開催されていますが、この度オンラインにて、勧学と司教の先生方による連続講座が行われます。これは「新しい領解文を考える会」が主催されます。オンライン形式のため、現地に足を運ばなくても先生方の講義を拝聴することができます。

2023.6.19 セイコーマートの新商品「チーズクリームパン」

 北海道が誇る、他の追随を許さないコンビニエンスストア、セイコーマート。その新商品が開発されました。「チーズクリームパン」です。セイコーマートは様々なオリジナル商品を展開していますが、特にパンのラインナップには驚かされます。横綱は「クリームパン」。108円(税込み116円)という値段以上の質です。
 さて、チーズクリームパンも予想通りの美味しさでした。セコマのクリームパン・シリーズはさすがです。


2023.6.13 第72回全日本大学選手権大会決勝


 6月11日、大学選手権の決勝戦、青山学院大学VS明治大学が行われました。非常に非常にレベルの高い両校であり、戦力、強さとしても甲乙つけがたい、まさに雌雄を決する試合でした。テレビ中継を一秒も目を離すことなく観ました。個人的には、青学と明治がトーナメントの決勝で激突するという待望のシナリオにすでに70%感激です。
 写真は明治大の3年生遊撃手、宗山塁選手。惚れ惚れしました。かっこいい。小園選手をセカンドにコンバートして、小園宗山の二遊間。黄金期間近です。胸高鳴りますね。

2023.6.10 いざエスコンフィールド!



①戦評

6月6日[火]~8日[木]の三日間、交流戦のカープvs日ハムの試合が、今年開業したエスコンフィールドでありました。私は初日に観戦してきました。新井新監督のカープ、新庄新監督の日ハム(去年のBIG BOSSから監督交代)、そして新球場という情報量の多かった試合について、以下、その様子を余すことなくお伝えいたします。まずは試合そのものから。

 予告先発はエース大瀬良大地と上原健太。試合前景況としては、チームの調子打線の調子先発投手に関して、それぞれカープは劣勢劣勢やや優勢です。スタメンとパークファクター(球場要因)の兼ね合いも重要です。エスコンは狭い天然芝のため、ホームランが出やすく内野ゴロがアウトになりやすい、つまり投手はゴロ系優位打線はフライ系優位守備の重要指標は内野の守備範囲、という3点になります。こちらはカープはやや劣勢やや優勢優勢です。

 結果は3-2で逆転勝利でした!カープはやや劣勢という前評判(伊東順真調べ)を跳ね返し、見事勝利しました。ビジター応援席で応援していた私としては嬉しい限りですね。 
 松本剛に一発を浴び、左投手を打ちあぐねており、嫌な予感がしていましたが、ハイライトはやはり8回表の攻撃です。2アウトを取られたのち、カープの誇る打撃技術トップ3である秋山、西川、松山が揃い踏みで結果。カープが苦手とする対左、それも日本最高峰の宮西相手に活路があるとすれば、唯一ここ。そこで軍配を上げ切りました。痺れましたね。プロスポーツの醍醐味であり、こういう局面を現地で見ることができて幸せでした。
 カープ投手陣も踏ん張り、勝利投手の栗林はまさかのプロ初白星。圧倒的抑えは自身に勝利がつかないということですね。総じて大満足の試合でした。

②新球場

 エスコンフィールドは、プロ野球球場としては2009年開業のマツダスタジアム以来となる新球場です。開閉式屋根を有し、収容人数は30,000座席、全面天然芝で比較的狭い球場です。

 この度は初訪問ということで、まず感想としては、「大きい!」「きれい!」「新しい!」というものでした。様々な観戦方法があり、飲食を充実させた、いわゆるボールパークです。「野球を観に行く/応援しに行く」というより、「遊びに行く」という感覚で足を運べる球場だと感じました。実際、老若男女いろいろな人がおり、フラッと行けるイベントの一つに日ハム観戦を選んでもらいたい、そのようなメッセージを受け取りました。

 サッカー元日本代表の本田圭佑氏は、次のように述べています。
「今後サッカーを、Jリーグでも近くのチームでも見てみたいと思っている人に言いたいのは、サッカーを見なくていいです。雰囲気を楽しんでください。サッカーを見なアカンとなると90分間見ないとだめでしょ? 辛くなるので、遊びに行く感覚です。途中で帰ってもいいし、途中で来てもいいし、リラックスしてサッカーの雰囲気を楽しんでほしいと思います。」
 この提言はまさに、野球を含めた今後のスポーツの未来を考えてのものです。これまで競技に縁の少なかったライトな層に目を向け、競技そのもののムーブメントを高めようとする戦略です。それが競技そのものにとっても良い方向に作用するとする考え方です。 

 札幌ドームからの移転と考えるとやはり北広島市という立地が気になりますが、今後もより一層の充実、アクセス面の改善等、いろいろな施策を期待したいですね。初観戦時には球場を全く回り切れなかったので、またぜひ訪れたいと思います。次はカープVSファイターズの日本シリーズで!

2023.5.10 本願寺参拝



 ゴールデンウィーク明けてすぐ、弾丸で本願寺にお参りしてきました。親鸞聖人御誕生850年&立教開宗800年の慶讃法要です。この度の法要は人数制限が厳しく、ようやく蓮光寺としての席を確保したところ、3月末となり、私自身の論文締め切りおよび非常勤開始の時期と重なったため、行くなら個人参拝かと作戦を切り替えました。
 とはいえ、領解文問題もあり、厳しい人数制限のこともあり、当初は個人的なムードは高まっておりませんでしたが、いざ慶讃法要が始まってみると「行かねば!」と思い立ち、お参りすることにしました。広島の叔母と予定を合わせて、現地集合でのお参りです。以下、揺れる慶讃法要について、お晨朝、親鸞展、慶讃法要のそれぞれ現地肌感の所感を、記録の意味合いも込めて記していきたいと思います。

≪お晨朝≫(~7:00)
 慶讃法要が祝賀ムードの「非日常」らしいので、安心感ある「日常」を求めてお晨朝へ。5:35本山到着。晴れ模様のいい天気。思ったより明るい。まず阿弥陀堂。靴袋はSDGsの観点から廃止と知り、模索中、近くの方から「脱いだところの左隅に置いたらええ」と助言をいただく。お経本は通常タイプと慶讃法要期間タイプが置いてある。阿弥陀堂は中央前3列目に座る。お経は讃仏偈、きちんと丁寧なお勤め。移動し、御影堂は正信偈。こちらはポップな?読み方。十二礼に近い読み方で、スピード感ある。和讃なし、唯可信斯高僧説から短念仏、回向。少し未練が残るかたち。

≪親鸞展(京都国立博物館)≫(9:00~11:30)
 9:00過ぎに行ったところ、スムーズに入館。博物館開館訪問はお家芸。音声ガイドを借りる(650円)。個人的最大の感動は、親鸞聖人直筆、加注の仏説阿弥陀経。端正な本文に、上下左右にびっしり詰まった漢文、でありながら、漢文も見覚えあるものばかり。「読める、読めるぞ!」(ムスカ大佐)。詳しい意味や親鸞聖人の意図は理解及ばないけれど、字面の読み方が分かり、親鸞聖人の読解を追体験してる、そんな雰囲気。自分は気づかないうちにお育てをいただいていたのだなと、まさに「善知識」です。

≪慶讃法要≫(13:00~15:10?)
 13時、龍虎殿で叔母と待ち合わせ。受付して個人参拝の待機場所へ。比較的暑い。団体の入場が手こずっているのか、入堂案内は13:45頃。検温あり。申し込みが直前だったため座席は堂外の予定が、私たちの少し手前で満席らしく急遽堂内へ、幸運。僕がお勤めできたのは正信偈と恩徳讃。正信偈は十二礼式の読み方で、少しスピード感。新しい領解文は司会の方がわざわざ唱和を促し、私に続いてくださいと先導。戸惑いつつも、黙して語らず。浅学菲才の僕ながら普通に異安心だと思うので、さすがに口には出せない。声は正信偈より小さめ。法要終了後は個人参拝につき優先的に退堂。ご門主さま、前門さまもおられ、少し安心も、どのようなお気持ちなのか気になる。

 その後は伊丹18:55発→新千歳20:40着で帰りました。後味、余韻としては、お参りできてよかったという安堵感です。とりあえず行かなければという気になって正解だった、お参りして良かったという後味でした。もちろん、目で、肌で、歴史に触れ得たそれとは別に、現体制、現組織に関する宿題は依然としてありますが、それはそれとして、今後取り組んでいきたいと思います。

2023.5.8 「Junshinの部屋 2.0」 始動

 先日示唆しました通り、Junshinの部屋を別枠で作成しました。今後はこちらに綴っていくこととします。
 最近のハッピーな出来事といえば、高校の同窓会が企画されつつあることです。20歳という成人を記念して集まって以来、約10年ぶりです。楽しみです。

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